Parallel lines
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※ハロウィン企画



「これも、バイトのうちだと思って、ね?」

その声にふざけるな、と思いっきり舌打ちを打った。
言付けられていた仕事を粗方片付け終わり、あとは臨也の身の回りの世話だけだと思ったところにこの様である。正臣で無くてもしたうちをしたくなるという所だろう。
さらに彼の優秀な助手である矢霧波江は本日休みを取っている。
いや、正確には休みを与えられていた。
別に今日だけのことではない。正臣が臨也を訪れる時は何時だって波江の姿は見えなかった。
だからといってそれは臨也が正臣と二人きりになりたいという願望からくる物でも、波江に正臣の姿を見せたくないという子供じみた独占欲からくる物でもなく、れっきとした理由があるのだ。

「いやですよ、痛いですもん。」

「そんな連れない言わないでさ。俺には君しか居ないんだよ」

「最大級に寒いコメントをありがとうございます」

話をしながらも手際良く脱ぎ捨てられた洗濯物の数々を洗濯機に放り込み、スイッチをポチリと押せば正臣の正規の仕事は終わり。

「じゃあ、俺の仕事は終わったんで。」

そう告げると正臣はそそくさと鞄を引っ掴むと後ろを振り返る事無く帰ろうと玄関へ向かう。
しかしそれを許さないとでも言うかのように人ならざるスピードで近づいてきた雇い主は後ろから正臣をガッシリと抱きとめた。

「なっ、」

慌てて抵抗するも、力で叶うはずも無い。その細腕の何処に力があるのだと問いたくなったがどうせ分かりきった返答が帰ってくるだろうからと諦めた。
そして自分の身体を包んだ腕に僅かにかかっている漆黒のマントをつまみながら別の事を問う。

「何で毎回正装に戻るんすか。てか、いつの間に戻ってるんすか、その姿に」

そう。今臨也が身にまとっているのは闇にまぎれてしまいそうな程暗い黒のマントにまるでヨーロッパ中世時代の男爵をそのまま連れてきたような服であった。普段の彼の服装とは黒という事を覗いてかけ離れている。さらに変わっているのは服装だけではなく身体の作りそのものもであった。正臣からは確認する事が出来ないが、双眼は普段からの赤い瞳に怪しい影が降りている。そして普段から細いその身体は青白くなり、爪は酷く長く鋭くなっていた。
そう、新宿の情報屋こと折原臨也は人間ではない。
御伽話の中でしか存在されていないとされていた吸血鬼、なのだ。
正臣だってはじめは信じられなかった。それほどに彼は人間をよく観察し、人間をまねていたのだ。
しかし、とある事情で夜に彼のオフィスを訊ねたとき、丁度その姿を見てしまったのである。
月明かりに照らされた牙は怪しく光り、眼光は鋭くなっていた。そしてその時正臣は彼の目が何故赤いのかを理解したのだ。
彼が唯一人間をコピーできなかった所、それが目の色なのだと。
その後はあまり覚えていない・・・というよりも思い出したくない。後ろから抱きすくめられたかと思えば「君は美味しそうな血の匂いをしている」などと変態じみた言葉と共に噛み付かれたのだから。
ジュルリ、と血が吸われるという変な経験の時は流石に殺されるのではないかという不安が正臣に走ったがそれは杞憂に終わった。

「正臣くんの血の味は何だか俺に合ってるみたいだよ。」

気に入った、そう言った彼はやはり月明かりに照らされて妙に妖艶に見えたのだ。
しかし、今思えばあのときに殺されていた方がよかったと深く後悔しているのだが。
それからは、仕事に行く度血を存分に吸われ、軽い貧血を起こしながら帰るのが常となっていた。
それが今日もまた、そうなるのだろうと思うと今から頭痛が走る。
そして後ろで舌なめずりをしているこの男をどうにか撃退できない物かと思うものの、何故だか拒めないのは何故か。
本当に嫌ならばニンニクなり、十字架なりを用意すれば良いし、それより何より来なければ良いことなのだ。
なのに何故。その言葉が毎回正臣の脳を支配していた。


「ね、もう良いでしょ?俺腹ぺこなんだよね。」

「君を食べたい、なんて変な言い方だけど、」

「とにかく頂きます。」

そして残業タ開始の鐘が鳴るのだった。
ペロリと首筋を舐める彼。
ツツーと沿わされたその舌は人間のそれよりも少しざらついていて、ああ、この人は本当に吸血鬼なんだと実感した。
続いてピリリと小さな痛みが走る。きっと甘噛みだろうと思った。何度かそうして首筋を弄んだ後に訪れたプツンと肌が小さき鵜裂ける感覚に溜まらなくなって声を漏らす。

「んっ、」

そしてジュルっと血をすすられる音を耳元で聞いた。
フワフワとする意識の中で確かに血流が不自然に動いている感覚を感じる。

「あ、ああ、あ」

口から漏れる嬌声にも似たそれは、きっと血管を逆流する感覚に確かな快楽を見いだしているからなのだろう。
そう信じたい。決して、自分の身体を蝕んでいる後ろの男だからだとか、そんな思いは無いと。
そんなことを考えていればいつの間にやら結構な量の血を吸われていたらしい。
力の入らなくなった膝は笑っており、今にも崩れ落ちてしまいそうである。
と、それに気が付いたのか、最後の一滴、とでも言うようにチュッと吸うと牙を首筋から抜き取った。
それと同時に完全に体重を支えられなくなった足。ガクンとその場に踞る直前に臨也の腕が伸びてきてすんでの所で抱き上げられる。

「ごちそうさま。ごめんごめん、いつもより少し多めに吸っちゃったかな。」

傷口から少し血が流れていたのか、再度正臣の首筋を舐めとりながらそう笑うと当然のように部屋へと引き返した。

「な・・・・に・・・・・」

意識が朦朧としているために上手く言葉を紡げずもどかしいが、それでもなんとか最低限の言葉を呟けばハハッと無駄に爽やかに笑う彼。

「今日は無理させちゃったから特別に俺の家に泊めてあげる。ああ、別に取って食べよう何て思ってないから安心しなよ。」

そう言って瞳を閉じろとでもいうかのように額の方から下へと掌を滑らせた。そこから正臣の記憶は途切れることとなる。
まるで睡眠術にかかったかのように眠り始めた正臣を見下ろした臨也はその額に優しく口づけると寝室へと運び込んだ。

やがて雲に隠れていた満月がその後ろ姿を照らし出した時、彼の背中は確かに異形でありながら酷く人間味を帯びていたのであった。






Parallel lines

(人間と吸血鬼、)(交わるはずの無い二つは)(互いの思いに気が付くはずも無い)


後書き兼結果発表→Happy Halloween





101030



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