「正臣、今日は皇子がいらっしゃいますからね、きちんと女らしくするのですよ?」
「はい、母上・・・・」
途端パチン、と乾いた音が響く。
「お母様とお呼びなさい!」
「申し、わけありません・・・お母様・・・・」
少し赤くなった頬に触れながら俯く。
決して自分の意見は言わない。別人のような表情を携え、もう着慣れた袖の鬱陶しい女物の着物を羽織りその場に佇んでいるだけ。
貴族の寄り合いのようなものへ参加すれば必ず「華のようだ」「なんと美しいのでしょうか」などと褒められる。
振る舞い、言葉遣い、容姿、どれを取っても貴族の娘そのもので、他の貴族の娘達などは隣に並びたがらないほどだ。比較されれば自分が劣る事に気が付いているのだ。
そう、徐々に ”紀田正臣” は世に確立していった。
ただし仮面だけ。
実際は彼は笑わなくなっていた。
以前の太陽の光のような明るく無垢な笑顔はその影を潜め、ただ ”愛想笑い” が貼付けられている。
しかしその愛想笑いも完全な物ではなく、目は常に涙で潤んでいる。
「正臣、いいこと?貴女は紀田家の娘、紀田正美の妹だと言う事を忘れずに行動なさい。」
「わかっております、 ”お母様” 」
「良い子ね、正臣。」
うっとりと呟く母親。評判のいい正臣は既に彼女の誇りとなっているらしい。
グっ、と拳を握る。
これから皇子と会えるというのに、胸の内は晴れぬまま。
(おかしいな、)
正臣は己の胸に手を当てる。
(せっかく帝人様に会えるというのに・・・)
「なんで嬉しいと思わないのでしょうか・・・・・」
呟きはいつの間にか口から零れていたらしい。前を歩いていた母が怪訝な顔をしながら振り返る。
「あら、何か言ったかしら?」
「あ、いえ・・・何でもございません・・・」
ならいいわ、そう言って再び前を向く母親にほっと息をつき脳内会議を再開する。
(以前はあんなにも胸が躍ったというのに・・・・)
そして彼は気づく。
(ああ、そうか。)
(あれはただ紀田正臣だったからだ。)
(今の私は俺ではなくて。そう、新しい人格の)
( ”紀田正臣” だからか。)
100530
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