「ねえ君さ、正美見てない?」
そう言えば、と首を捻る。
朝一度もすれ違わなかったし、声も聞かなかった。
「見てないですけど・・・どうかしたんですか?」
「それがさ、居ないんだよね。何処にも。」
淡々と告げられた事実に息を飲む。
「えっ・・・・」
目を白黒させる正臣にふふ、と笑って見せると頭の上に手を乗せた。
「知らないんなら良いんだけどさ。多分君が今日帝人と会ったのもそのせいだと思うよ?」
頭から離れていく温もりの代わりにじゃぁね、と残すと長い袖を翻して帰っていった。
正臣は彼の言葉を反復する。
『正美見てない?』
『居ないんだよね。何処にも。』
『多分今日帝人と会ったのもそのせいだと思うよ?』
さらに、今日1日の事を思い出す。
朝バタバタしてて
女物の着物を着させられて
母親に初めて話しかけられた。
疑問に思っていたひとつひとつのピースが繋がっていく。
そして最大の謎であった母親の心変わりの理由を知った。
「正美が居なくなったから仕方なく俺を使ったって事かよ!」
いつの間にか握られていた拳で思いっきり床を殴った。
鈍い痛みが腕に伝わる。腕が痺れているのも構わず何度も何度も殴った。
「嬉し、かったのにっ・・・!」
いつの間にか流れていた涙はそのまま拭かれること無く畳に染み込んでいった。
100521
[→ 作品top top]