ふわふわとする頭を懸命に動かす。
いつの間にか終わっていた顔合わせの時の話の内容は覚えていなかった。
ただ覚えているのはドキドキしていたことだけ。
帝人の顔を思い浮かべるだけで熱を持ち始める頬に戸惑い叫ぶ。
「なんなんだよこれっ・・・!」
着物が崩れるのも構わずペタリと座り込む。
三角座りをして頭を膝の間に埋めた。
ぐるぐると頭の中で知っている感情を当て嵌めていくも、ピッタリと嵌まるものはない。例えるなら一つピースが足りないパズルのようで。
「なんなんだよっ・・・」
「何がだい?」
「うわっ!?」
再度呟けば上から声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、眉目秀麗な顔が不思議な笑みを浮かべていた。珍しい赤い瞳が特徴的なその男は試すように口を開く。
「で、君は何をしているんだい?」
「何って、考え事だけど・・・」
「ふうん?まぁ俺が聞いたのはそんなことじゃなくて、男の君が何で女性の・・・正確に言えば正美ちゃんの着物を着ているのか、って事だけど。」
その言葉にドキンと心臓が跳ねた。
「な、んで・・・!」
驚きを隠せず思わず漏れた声に慌てて口を塞ぐ。これではまるで自分か男だと言うことを主張しているみたいだったからだ。
そんな誤魔化しをしてはみても、時はすでに遅く、クツクツと笑う目の前の男に恥ずかしくなった。
「ふふふ、面白いね。自分で墓穴掘ったことに気付いたなんて。まぁ、あともう少し早かったら合格だったけど。」
一度言葉を切ると、ころりと表情を変える。慈しむような、慈悲深い笑顔。
「俺は君の姉のことを知っているからね。と言うより君と正美ちゃんの区別ぐらい付けられるよ。と言っても、君も彼女に似てとても綺麗な顔をしているからね、間違えられてもおかしくないだろう。」
ペラペラと喋りだしたその男は一旦間を置いた。しかし正臣が言葉を挟めぬ程度の長さのそれ。
「では、何故女性と間違えなかったのか。まぁ、普通の人間ならば君を女性だと勘違いするだろうね。何故なら、女性のそれより綺麗な肌だから。実に単純明快。しかし俺は間違えなかった。まあ単に髪の長さで区別する方法もあるんだけどさ、君はさっき下を向いて、しかも背中を襖に付けていたのだからその可能性は当然低いと考えられるよね?じゃあ何故分かったか、」
再び間を置く。勿体ぶったようなその声に少しイラ、とする。すると、その気持ちが露見していたらしい。
「まあ、そうカリカリしないでよ。ほら、正解を言ってあげるから。」
肩を竦めると長い袖がたゆん、と垂れ下がった。
袖の先にはどこかで見た事があるような、寧ろ見飽きた文様。
「え、もしかしてっ・・・!」
サアァ、と血の気が引いていく。
「君の頭に浮かんだのできっとあたってるよ。でも一応言っておこうか。正解はね、俺が『折原臨也』だから。」
ニッコリと笑ったその笑顔。
よく見れば先刻のあの笑顔に良く似ている。
「あ、あ・・・・臨也、様っ・・・・・・!?」
ブルブルと震える身体。襖に凭れていた身体を起こして正座をし、三つ指をつく。
「あのっ、先刻の無礼、お許しください・・・・!臨也様とはつゆ知らず・・・・!」
また畳とこんにちはする。完全に額をくっつければ先ほど跡のついた所が少し痛んだ。
「ああ、気にしないで?だいたい今まで名乗らなかった俺が悪いんだからさ、ほら、顔を上げなよ。」
やはり血は繋がっているらしい。ゆっくり顔を上げるといつの間にか溢れていた涙で視界が霞んだ。
「ああ、ごめんね。怯えさせるつもりは無かったんだ。俺はただ一つ聞きたい事があってさ。」
罪悪感の欠片さえ覗かせずに言い放った臨也は唐突に表情を変える。
「ねえ君さ、正美見てない?」
その顔は大切なモノを無くしてしまった子供のようで。
何故か正美への愛を感じた。
100520
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