スタスタ歩く母親の背を見つめる。
(そういえばこんな近くで見た事無かったな・・・・)
引っ張られながらそんな事を考えていると、ピタ、と止まった背中に思いっきりぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ、」
「奥に皇子がいらっしゃるから。間違っても粗相の無いように。」
「・・・・・・はい」
良い笑みを浮かべながら正臣の背を押す彼女。もう彼女の目に正臣の姿はない。あるのは未来の権力のみ。
現金な母親の姿に思わず小さな溜め息をついた。そしていつもの事だと割り切って顔を上げる。
襖に手を掛けようとして思わず動きが止まった。この先には近い将来この国を担っていくであろう皇子がいる。その事実だけで正臣の手は竦んでしまったのだ。
しかし、後ろから送られる急かすような視線に意を決してスッ、と襖に手をかける。
ドキン、ドキン、
緊張で心臓が張り裂けそうだ。
ゆっくりとスライドさせれば明るい光が開いた部分から眩い光が差し込んでくる。
その眩さに耐えきれず手を目の上にかざした。
「初めまして、正臣・・・・さん?」
前から聞こえた澄んだ声にバッ、と手をどけてその場に正座。
「初めまして、正臣と申します。」
頭が畳にめり込みそうなほど擦り付けて深々とお辞儀する。こんにちは、畳さん。目の前が緑一色だ。
そんな正臣を見ておかしそうにクスクスと笑う声。
「そんなに深いお辞儀なんて要らないよ。ほら、顔を上げて?」
「はい、」
畳とさよならし、視線を上げる。そしてそのまま固まった。
座っていたのは同い年ぐらいの少年。
整った顔に大きな目、なのに男らしさが溢れているその輪郭。
瞳はどこまでも澄んでおり、純粋な光を放っていた。
(なんか・・・・かっこいい・・・・・)
そう思った途端カアッ、と顔に集まる熱。
先ほどとは明らかに違う早さで動く心臓。
そんな正臣を他所に彼は立ち上がるとゆっくりと近づいた。
よっこいしょ、と言うかけ声と共に正臣の顔を覗き込み、そして微笑んだ。
「ああ、やっぱり。おでこに赤い跡ついてる。」
折角綺麗な肌なのに、そう言って伸ばされた手。
スッ、と額に触れると肩がビクリと跳ねた。
そのままさすられる。何が起きているのか分からない正臣はポカンと帝人を見つめていた。
暫くして額から手を離すと次は顔が近づいてきて、
「うん、とれた。」
額に柔らかい感覚。そして
ちゅ、
小気味よい音と共に離れていった。
「と、これはおまじないね?」
「み、帝人様っ・・・!?」
帝人の声で我に返ったらしい正臣はバババ、と真っ赤に染まる。
「ふふふ、可愛いなあ・・・・」
愛おしげに髪を撫でると正臣を起ち上がらせる。
そして先刻まで己が座っていた席の向かい側へエスコートした後、自分の席へと戻っていた。
ドクン、ドクン、と波打つ心臓を着物の上から鷲掴む。
どれだけ冷静になろうとしても鼓動が収まらない。
(何だよっ、これっ・・・!)
己の中にわき出す知らない感情に戸惑う正臣。
そんな彼の顔は未だ朱に染まったままだった。
100519
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