「役立たず」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
むっくりと起き上がると身震いした。
やはり夜は冷え込み、身体を冷やしてしまったらしい。
くしゅん、と可愛らしいくしゃみをひとつするとぼぉっとしていた頭が次第に覚醒してくる。
バタバタと駆け回る音
大声で叫ぶ声
普段の静かすぎる屋敷はどこへやら、今日はやけに五月蝿い。
そんなことを考えていればガタッと襖が開きそれを背もたれにしていた正臣はコテンと後ろに倒れた。
そして、
「正臣!今すぐ支度しな!」
目を見開く。
母親。
母親が初めて正臣の名前を呼んだのだ。
「皇子様がいらっしゃったんだよ!ほら早く!」
後ろに控えていた女中達が晴れ着を抱えて立っていた。
しかし、その着物を見てさらに目を見開く。
「母上!それは女性の物です・・・!」
「それくらい知ってます。兎に角早く着替えなさいな」
そう言ってカタリと襖が閉められる。
産まれて初めての会話だったが心が踊る事はなかった。
それより憤りのほうが大きい。
「今まで相手にしてなかった癖に・・・!」
女中が忙しなく動くなかで正臣は呟いた。
♂♀
「わぁぁ、お召し物がとっても似合っていらっしゃいますわ、正臣様!」
「そこいらの女性なんて比じゃありません・・・!」
「嬉しくない・・・」
「そうおっしゃらずに!」
頬を赤く染めた女中達は次々と正臣を称賛した。
赤いかんざしに赤い着物。それらは彼の髪色によく映えており、同時にきめ細かい白い肌を強調させていた。
そして童顔気味の彼の唇に引かれた紅は対照的に何とも言えぬ色っぽさを引き出しており、見る者全てを魅了しそうな美しさだった。
「本当、女性にしか見えませんわ・・・」
うっとりと女中が呟いたところでガタリ、と扉が開く。
入ってきた人物は正臣の姿を見ると驚いたように目を見開き、そしてにっこりと笑った。
「男の格好よりずっと似合ってるわ、正臣。さあ、皇子は居らしてるの。行きましょう?」
パッ、と手を取ると歩き始める彼女。
「あ、あの、母上っ・・・!?」
初めて感じる母の温もりに戸惑いつつ後ろをついていった。
100518
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