※過去捏造
「あれ……ここどこ……?ここ……正臣……正臣?」
ふと気が付いて足を止めるとそこは知らない場所だった、なんてよくある話で。
天まで届くようなコンクリートの壁に囲まれたそこから空を見上げるとどうにもグルグルとするような感覚に陥り、漸く迷子だと気が付く。
「うっ……うわああっ……正臣……まさおみぃい……!」
気がつけば流れるのが涙。その当時、ボロボロと涙を流してながら嗚咽まじりに幼馴染みを呼べば、どうにか家に帰れるのだと帝人は信じていた。引っ込み思案な上に極度の方向音痴。そんな彼に呼べば必ず見つけ出すと約束したのは正臣である。
そうしていつでも数十分もすれば正臣は帝人を見つけ出し、何だよこんな所に居たのかよぉなんて笑い、それからほら帰ろうぜと手を差し出すのだ。
グスグスと鼻を鳴らす帝人に優しく微笑みかけて。そんな時は、いつもは年下みたいだというのにやけに大人びて見えた。
なんて、竜ヶ峰帝人の迷子の話なんていくらだってあるといつだったか正臣は笑って話していたが、たった一度だけ、帝人が正臣を探したことがある。
あの日は確か、夏休みのど真ん中。夕方から正臣の姿が見えなかったのがどうにも気になって、帝人はあちらこちらと家の近くを歩き回っていた。
しかし、見つからない。
「正臣ー、どこにいるの?正臣ー。正臣ってばー!」
手を拡声器のようにして口の周りに沿えて叫んでみても一向に返事がないのだ。
いくら夏だから日照時間が長いとはいえ、七時を超えればあたりも暗くなってくる。それまでにどうにか正臣を見つけないと危ないのではないか。そう考えた帝人はもう少しだけ足を伸ばしてみたのだ。
夕日がどんどん沈んでいくのを肌で感じながらも進む。
進む、進む、進む。
コンクリの道を際限なく進む。
けれども見つからない。
走る。
一番星を見つけて、帝人はたまらなくなったのだ。
走る。
走る。
コンクリを蹴っ飛ばして、ただただ走る。
そしてあたりがどっぷりと闇に染まったその時、ぼやっと街灯がついたのだ。
その下、根元あたりにダンボールと、人影。
「正臣!!」
慌てて駆け寄ればやはりそれは彼で、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
膝を立てて座り込んだ彼はゆっくりと顔を上げ、それから困ったように笑ってみせた。
「帝人……なんでここに居るんだよ」
お前の母ちゃん心配してんじゃねえの?そういって、視線を隣に落とす。釣られてそこを見やれば、小さなネコが一匹。
「正臣、そのネコどうしたの」
「ああ。この間帝人を探してた時にたまたま見つけてさ。」
黄色の珍しい毛並みを持ったそのネコはどこか怯えるような瞳で帝人を見つめると、正臣の指へとすり寄る。
「この場所、今は街灯付いてるけど後もう少ししたら消えちまうんだ。まだ子供なのに、真っ暗闇の中に放り出される。」
その甘えを甘受して指を動かす正臣の瞳は慈愛に満ちていて、帝人を押し黙らせた。
「一人じゃ可哀想だろ?夜一人は寂しいもんな」
彼の持つ、言い知れぬ何かを幼いながらに感じたのだろう。
その言い知れぬ何かを理解したのは、それから暫くたった後だった。
♂♀
「……夢」
むくりと上体を起こせば、そこにはいつもどおりの日常。
あの頃には無かった静寂が帝人を包んだ。
そしてその慣れきった、日常になった静寂を帝人は初めて嫌だと思う。どうしても誰かに会いたくて仕方が無かった。
けれどもそれをぐっと我慢する。
そして先ほどの夢に思いを馳せた。
当時も正臣の両親はいつもいなかったことを思い出す。
だからきっと彼は今の自分のような気持ちになっていたのだろう。一人で夜を過ごす寂しさ、恐怖、そういったものがいつだって取り巻いていたのだ。
そしてだからこそ、彼はあのネコの傍を離れなかったのだと帝人は思う。
赤ちゃんネコにあの暗さは、暴力だ。どれだけ夜目が利くといっても、やはり暗い。
そんなネコを正臣は救ったのだ。実際には救った、というよりは相互利用と言った方がしっくり来る事は分かっていたが、それでも迷わず救ったというほうを選らんだ。
そして今、自分は、その正臣を救わなくてはならない。
過去と現在は違う。
今度はいつも迷子になっていた自分を、暗闇に置き去られたネコを助けていた正臣を救い出すのだ。
「だから、ダラーズに入ってよ、正臣。」
一言一言丁寧にそう紡ぐと帝人は満足げに笑って布団を被る。
まだ太陽は出ていない。
もう少し寝ておかないと、今日の作戦に響くだろう。
「そうしたら、僕が君を救い出してあげられるのに」
最後にそう呟いてから、帝人は再度眠りにつくのだった。
迷子
前から温めていたネタだったのにちょっと良く分からなくなって悲しい
110814