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ちゅん、ちゅんと鳥が鳴く音に、何やらヴー、ヴーというバイブ音が含まれているのに気が付いて、慌てて枕元のケータイを握った。
ガバリと起き上がりポリポリと腹部を掻きながらケータイを開くと、何やら知らないアドレスからのメール。普段なら気にも止めず開けることなく削除するのだが、今朝は何だか気になってピッとセンターボタンを押すことにする。
途端飛び込んできた羅列。
シズちゃん、という文字を見つけた途端、にケータイが嫌な音を立てたが、その下に正臣という文字も見つけた為、寸での所で握り潰さずにすんだ。
読めば、今日という日が彼の誕生日であることと、暫くしたら家に正臣が来るということを知らせた内容である。

「ちっ、なんでもっと早くに言わない!」
静雄はつい、そう悪態付いた。
誕生日だなんて、失念していたのだ。
元来、誕生日には何かプレゼントしてやりたくなる性格。
その上想っている相手の誕生日。
知らなかったとはいえ、どうしても何かプレゼントしてやりたいのだ。
だからといって、部屋を見回しても洒落たものの一つもない。
部屋の片隅に積み上げられている煙草の箱にハァと溜め息を零した。
時計は丁度9時を指していて、スーパーはまだしもおしゃれな小物売り場など開店しているはずもないと項垂れる。
が、一つの心当たりが浮上する。。
近くの、あの店ならば、もしかしたら開いているかもしれない。
そんなわずかな期待を静雄はケータイを引っつかみ忌々しい文章を再度読み直し時計と見比べ、走り出したのだ。


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「うえ、冷た……」

先刻から突然しとしとと降り始めていた雨から逃れるように指定されたアパートの屋根への下へと駆け込んだ。
新宿を出たとき雨は降っていなかったから傘は置いてきたが、それは間違いだったと過去の自分を責める。
そしてこんな時、フード付きのパーカーを着ていて本当に良かったとおもうのだ。
それから右手に握っていた紙をチラリとみて目的地がここであっているかどうかを確認する。
アパートの定礎に記されてる住所と紙に書かれた住所が一致しており、ほっと息を吐いたのだ。
そして、朝から感じていた不可解な上司の行動を思い起こす。
その一つ一つに対して感じるいつもとは違うこの感覚が、非日常と言うものなのだろう。
上司からのメールを元に仕事をするのは良くあることだったがどうして今日に限って手紙なのか。
そして、どうして今日に限って朝食が用意されていたのか。
どうにもわからないことだらけだったが、きっとそこには何かしらの意図が隠されているのだ。
もしかしたらその意図には、こうやって考えていることすらも含まれているのかもしれない。
正臣は彼の思惑にまんまと引っかかるのも何だか癪だと頷いて、考えるのをやめた。
そして、それにしても、ここはなにやら見覚えがあるアパートだなあと首をひねりながら、とりあえず記された部屋へと足を運ぶ。
そしてインターフォンの隣に記された表札を見ようとしたところで、後ろからおい、と声を掛けられた。

「おい、紀田!」

慌てて振り返るとそこには乱雑な金髪に、いつもとは違う裸眼、そしてバーテン服ではなく普通のジーパンを纏った静雄が立っている。

「うえ、しずお、さん……!?」

それも、なぜか大きな花束をもって。

「おう……あー、っと、久しぶりだな。」

ぽりぽりと頬を掻きながら形式だけの挨拶をする彼に正臣は戸惑い、そして思い出すのだ。
このアパートの持つ妙な懐かしさは、彼に由来しているのだと言うことを。

「お、久しぶり、です」

昔、正臣がよく静雄の家に招かれていた時期があったのだ。
休日訪れては何をするでもなくただただリビングでくつろぎ、たまに小さな会話をしたりプリンを食べたりと、安らぎの時間を共にしていたのである。
けれどそれは先に述べたとおり昔の話で、今ではなんだかあまり仲良くなかったクラスメイトに出会ったかのようなあの顔をあわせるのさえ気恥ずかしいような感覚が正臣を襲った。
思わず視線を泳がせようとして、ふと花束が目に留まる。

「静雄さん、それ、えっと花束……ですよね?どうしたんですか?」

心の気まずさを取り払うためにその花束を使えば、静雄は数秒思考したあと、にへらと柔らかな笑みを浮かべてずい、とこちらにその手を差し出してくるではないか。

「これぁ……まあなんだその、てめえにやろうと思ってな。」

そう言ってぐいっと押し付けられては受け取るほかないだろう。
しきりに瞬きをしながら受け取ればローズの良い香りが正臣を掴んだ。

「わわっ、いい香りっすね」

黄色と赤色のバラの詰め合わせにすん、と鼻を鳴らせば更に胸いっぱいにバラの香りが充満してなんだか幸せな気分になれる。

「わりいな、渡せるのが花ぐらいしかなかったんだ……」

申し訳なさそうな表情を浮かべる静雄に正臣は首を傾げる。

「え?あ、えっと、どうして俺は花をいただいたんですか?」

それから発した言葉に静雄は目を見開き、それからクスクスと音を立てて笑い始めた。

「なんですか!!」

「いや、わりい。手前に限って忘れるなんて事あるとは思えなかったからよ。」

なんて、少し失礼な事を言った後、静雄は今まで見た中のどれよりも柔らかな笑みを浮かべたのだ。

「ハッピーバースディ、紀田。」





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