「悪感」
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それからしばらく抱き合ったままの時を過ごした。
初めて持てたなんの偽りもない、二人だけの時間。
沈黙が続く中、ほぅ、と小さくため息をもらす。
こんなに幸せな気持ちになるのは初めてかもしれない、なんて頬を緩めて抱きついた手に力を込めれば、お香の良い香りと共に彼独特の柔らかい香りが鼻腔を満たした。

「ねぇ帝人様、」

「どうしたの?」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でもきちんと聞いて貰えることが嬉しくて仕方がない。

「えへへ、呼んでみただけです」

正臣は恋がこんなに暖かくて柔らかいものだなんて知らなかった。勿論、正臣はこれが初恋で、唯一近くにいた正美は重く辛い恋をしていたのだから当然だと言われればそれまでなのだが。
刹那、脳裏に浮かび上がったのは久しく見ていない正美の顔。そして、同時にこの関係はやはり仮初めの物なのだと思い出した。彼女が帰ってくれば、自分はもう二度と彼に会えなくなる。だって彼女は本当の女性なのだから。
そう思った途端、胸の内に広がるもやもやした何か。
晴れて彼と両思いになれたというのに、彼と離れなければならないようになってしまうのだろうか。
そしてふと想像してしまったのだ。帝人と正美が仲睦まじく桜吹雪の中を歩いていて、自分はそれを一人家の中から眺めている風景を。
すると胸の中でぶわっと急激に膨れ上がった負の感情。

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!そんなの絶対耐えられない)

とにかく頭をブンブン振って想像を消そうとするも、あまりに強烈な印象を受けてしまったそれは簡単には消えてくれない。
そして正臣の脳と心は全く違うことを紡ぎ始めた。

(正美はずるい、女性って言うだけで帝人様の寵愛を受けることが出来るんだから!)

(嘘、そんな事思ってない。)

(ずるいずるいずるい!いつだって正美は俺から欲しいものを奪っていくんだ。母さんの愛だってそうだったし、帝人様の愛だってきっと・・・!)

(俺は正美が嫌がってたのを知ってる。それに重すぎる愛は負担にしかならないことだって知ってる!)

(正美は臨也さんが居るのに、なんで俺から帝人様を奪うの!?)

(正美は帝人様を欲しがってなんて居ないんだ)

(もう嫌い、正美なんて、嫌い!)

(違う!俺は正美が嫌いなんかじゃない・・・!)

「え、正臣君?何で泣いてるの?」

と、心と頭で鳴り響いていた声が止む。そしていつの間にか溢れていた涙に驚きを隠せなかった。

「え、あれ?なんででしょう・・・」

慌てて帝人から離れると両袖でごしごしと目を擦る。
しかし拭き取っても拭き取ってもあふれ出すそれはとどまることを知らないようで、着物の袖を冷たくぬらしていった。

(あーあ、これ、帝人様のお気に入りだったのに・・・)

そう遠くにある意識で考えればもう袖を使うことは出来なくて、本当に自分は彼のことが好きなのだろうと少しあきれてしまう。
そして流れる涙をそのままに空を見上げれば一雨来そうな予感。
帝人が濡れるのは良くないけれど、自分が濡れるのは別にかまわないなあなんて思えば一粒の雨が落ちてきた。


ぼうっとその雨粒を見ていると、不意に変な不安が迫ってくる。
何かが起こる、そんな気がした。











101014



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テーマ「人外ファンタジー」
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