ぐっと拳を握る。
これから全てを言うんだ、と自分自身に必死に言い聞かせて腹部に力を込めた。
「帝人さま・・・」
しかし、口から飛び出したのは思いのほか小さな声で、弱虫な自分が嫌になる。
けれども、その蚊の鳴くような声は聞こえていたらしい。
「正臣さん・・・?」
上から降ってきたその優しげな音色に胸がズキズキと痛んだ。
これから言うことを聞けば、もうこの声を聞くことは出来なくなるのだと思うとさらに胸が痛む。
そして何故このようなことを言わなければならないのだと自分の運命を恨んだ。
しかし、そうくよくよ悩んだって時間は止まってくれないのが現実である。
「待ってて、今降りるから」
と言うが早いか、彼はすたんと地面へと舞い降りてきた。そしていつもの優しげな笑顔を浮かべるとどうしたの、と尋ねてくる。
(言わなくちゃ、)
先程まではきちんとそう思っていた。
しかし、言おう、言おうとする度に喉が細まって思うように息が出来なくなってしまう。
このまま死んでしまいたい衝動に駆られるが、すんでのところで思いとどまった。
そしてやっとの思いで出せた小さな声で呟く。
「私が紀田家でなければ良かった」
「何故?君が紀田家だったから僕達は出会うことが出来たんだよ」
「そうかもしれません。でもっ・・・」
「でも、何?」
射抜くような視線に足が竦んだ。こんな瞳は見たことがない。
「ねぇ正臣さん。君は僕とこういう関係になりたくなかったって、そう思っているの?」
凍てつくようなその声に、初めて彼が怒っている事に気が付いた。
思わずびくりと身体が震えるが、意外と怖いという感情は生まれない。それどころか小さな喜びさえ感じてしまう。
しかしこれでは正臣が変な性癖の持ち主だと疑われてしまうかもしれないが、決してそういうことでは無いのだ。
(それって、帝人様は俺と、こういう関係になれて良かった、って)
途端ポカポカし始める胸。
凍てつくような空気の筈なのに、と思うけれどもやはり暖かくなってしまう。
そして同時に自分が彼のことをどれだけ愛しているのか分かってしまった。
(もう、嘘はつきたくないな、)
自然と生まれたその気持ち。
(言おう。きちんと、言うんだ。きっと帝人様は分かってくれる。)
そう思って顔を上げれば、息がかかりそうなほど近くに彼がいて。
「正臣さん、あのさ僕、全部知ってるよ。」
「えっ・・・」
疑問符は二人の口内へと吸い込まれていった。
100930
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