ドタドタドタドタと廊下を駆ける音。
普段ならば ”女らしさ” を気にして歩くためにこんな音は鳴らないし、まず廊下を駆ける、何て事はあり得ないのだが、今はそんな事を気にしている暇など無い。
目当ての部屋の前へと行き着いた後、何の断りもなく障子を開ければ中に居た彼女は目を丸くしながら、しかし教育者という自覚はあるのか鋭く何かを叫んだ。
しかしその言葉が聞き取れる程、正臣は冷静ではなかった。
今にも掴み掛かりそうな雰囲気を醸し出す彼に気圧されたかそれ以上何も言わなくなった彼女に近づき彼は声を張り上げる。
「母上!何故教えて下さらなかったのですか!」
幾度も言い聞かされた事だってそれ以上長い年月呼び慣れた名前には勝てないらしい。
「母上ではなくお母様と及びなさいと何度も」
「結婚の契り。」
母親の言葉でさえ遮る彼の叫び声。
しかしその単語を聞いた瞬間彼女はああ、と納得したかのように頷いた。
「遂に知ってしまったのですね?」
「ええ。帝人様から直接、ですけどね。何故そのような行為をしなければならない事を隠していらしたのです?」
怒りを押さえながらの疑問に彼女はくつくつと笑う。
「だって、知っていればあなたは必ず嫌がるでしょう?」
「それでも、でも、性別を偽り続ける事が不可能になってしまいます!」
しかし尚も必死に問いかける正臣にイヤな笑みを浮かべた彼女は飄々と言いのけた
「誰が性別を偽り続けなさいと言いました。」
「・・・は?」
訳が分からないと気の抜けた返事を返す彼に彼女は続ける。
「はじめこそそのつもりでしたけれども、私(わたくし)は一度もそのような事は申しておりません。帝人様が思いのほか、貴方にのめり込んで下さったお陰でその必要は無くなりました。」
「で、でもっ・・・!」
「でももだってもございません。確かに貴方は生命を宿す事は出来かねますが、それでも帝人様からの寵愛は受けられます。」
自分勝手な事を言い続ける彼女。しかし次に聞こえてきた言葉に正臣は揺り動かされる事となる。
「それに。ずっと隠したままで貴方は良いのですか?」
それは残酷で、しかし的を射た彼に対する決定打であった。
100921
[→ 作品top top]