逆らうことなんてできない
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そこにはただただ二人分の足音が響いた。

暗くて何も見えていないときには気が付かなかったが、どうやらここは洞窟らしい。
のどの渇きも先ほどの願望も忘れて二人駆けて結構な時間が過ぎたような気がする。それは数分だったかもしれないし、それとも数時間だったかもしれない。しかし疲労は何故か訪れなかった。
正臣は豊かな金髪を揺らしてまるで跳ねるようにかけている。その姿はさながら天使のごとく可憐で思わず両手を伸ばしたくなった。しかし壊してしまったらどうしよう、などというお決まりの悩みによってそれは結局実行されずに終わるのだが。
と、突然少年はかけるのを止めてくるりとこちらに振り向いた。
そしてあの安心できる特上の笑みを浮かべると声を弾ませる。

「しずお!ここがおれのとっておきだ!」

その声に誘われて辺りを見渡すと、思わず溜め息が漏れた。それほどにそこは美しく、酷く浮世離れしていたのだ。
青々と生い茂る木々。
太陽光のようなものに照らされた葉はつやつやと反射してその美しさを訴える。
そして極めつけはどこかの森をそのまま切り取ったかのような空間の中心部。
光を発しているようにしか見えない程輝いた水面に、底まで透き通って見えてしまう程に澄んだ水。
それは、目を疑う程美しい池だった。

ぼおっとその美しい風景を眺めていれば、何も言わなくなった静雄が心配になったのだろう。

「なな、どうかな・・・って、しずお?どうした?」

正臣が顔を覗き込んできた。それと同時に触感を取り戻したのか頬に伝う暖かい水に気が付く。

「っぐ、・・・・うっ・・・」

一度零れ始めたことを知れば最後。嗚咽を抑えきれるはずも無く、それでもなんとか押さえようと小さくなっている掌で必死に口を押さえれば再度正臣の顔が覗いた。

「ねえ、しずお、何で泣いてる?」

悲しそうな瞳をする正臣。何でも無いという意思を伝えようとふるふると首を振れば、ぴょこっと覗いていたその頭はどこかへと消え去り、その代わりにフワリと温かな物に包み込まれた。

「・・・っ、正臣・・・?」

「おれねっ、しずお。しずおが何で泣いてるか全然分かんない。だけど、ね、おれっ、泣きたくな、・・・る気持ちは、さ、分かってあげられるからっ。」

上から振ってきた優しい声に、涙が止まらない。初めてだったのだ。
こんなに優しく抱きしめられたのも
優しい言葉をかけられたのも

一緒に泣いてくれたのも


ぽたぽたと落ちてきた涙は声と同じように暖かく静雄を包んだ。ぱっと顔を上げれば眉根に皺を寄せて涙を必死に留めようとしている顔が視界にはいる。

今度は自分の番だと両手を伸ばして正臣の頭を自分の胸元へと抱きしめた。不思議と壊すかもしれないという不安は無かった。
ただただ彼を抱きしめたい。そんな思いだけで力一杯抱き寄せてみた。


「っえへへ、おれっ、誰かに抱きしめられるの、初めてっ・・・」

そうすれば聞こえてきたのは「痛い」でも「離せ」でも断末魔でもない、ただの喜びで。

「しずお、おれたちさ、出会う運命だったんだ。絶対そうなんだ。」

不意にぎゅう、と背中に回された両の手が酷く愛しく思える。

「あぁ、そうだな。」

「うん。だってね、偶然なんて、無いんだ。機械仕掛けの必然だけなんだよ。」

そういう声をどこか遠くで聞きながら相づちを打てば柔らかい髪の毛が鼻先をかすめた。







逆らうことなんてできない





もしこれが機械仕掛けの運命なら

この高鳴る心までもを


計算なのだと言ってくれるのだろうか。





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