走る走る、ただ走る。
いつもよりも心なしか軽い体に一抹の不安を抱きながら、それでもただただ走った。
と、地面の隆起した部分に足を取られる。目をつぶっていたため少々反応が遅れたが、それでも顔面から転げる、なんていう状況は避けられたことに小さく感謝し、さぁ起き上がろうと腕に力を入れた。しかしそれは叶わない。
「は・・・?」
思わず漏れたその声はいつもの低い声ではなく、幼く高くまるで少年のようなものであった。起き上がれないことと酷く幼いその声、二重のショックで固まってしまった彼の背後でアハハ、と無邪気な笑い声が響いた。
「ねえ」
唐突に現れた第三者。自分のそれよりも更に高く幼いその声は酷く柔らかく彼の耳を優しく癒す。
「ねえ、きみが、遊びにきてくれたの?」
とても嬉しそうなその声に誘われてゆっくりと頷けば、とたんに体が軽くなり体を起こすことが出来るようになった。
彼はパタパタと泥を落としてから顔を上げる。そして目を開いた瞬間入り込んできた眩い光に思わず目を細めた。
「えへへ、嬉しいなっ・・・この世界に来てくれたの、きみが初めてなんだ」
ぱしぱしと幾度か瞬きをした所でやっとやっと視力が回復する。そして、声の主見た瞬間、彼は動くことが出来なくなった。
つやつやと輝く金髪に近い茶髪、柔らかそうな白い肌に、ベージュのシャツを引っ掛けただけの簡単な服装。大きくまんまるなその瞳はどこかネコを彷彿させるモノがある。きらきらと光るその瞳は喜びに溢れているが、その奥には寂しさを隠しているような気がして胸が締め付けられた。
(こんなちっせぇ奴がするような目じゃねえよな。ガキはガキらしく笑ってりゃ良い。)
「手前、名前は?」
いつの間にか発されていたその言葉は少年を満足させるには十分だったらしい。
「おれ、まさおみっていうんだ!きみは?」
ニカッと笑った少年。年相応なその笑みはまた、彼を安心させるにも十分だったようだ。
「俺は静雄。」
釣られたように笑えば目の前の壊れてしまいそうなその少年は彼の腕を取ると唐突に駆け出す。
「ねえ、しずお、おれと遊ぼう?とっておきの場所、教えてあげる!」
振り向いてそれだけ言うと人ならざるスピードと力で静雄を引っ張った。
まるで自分の力のようなその強さに一瞬眉をひそめる。手首が少し痛かったのだ。普段はこの程度のことで痛みなど感じないはずなのに。
(なんでこんなに、痛い?)
久しぶりに感じる「痛み」に体中が驚く。
そしてそれと同時にひとつの衝動が生まれた。
(こいつなら、もしかしたら)
(もしかしたらできるかもしれない)
(なあ正臣、)
(俺を)
壊してくれますか?
その手で俺を壊して
お前の思うように戻してくれたら
もとのかたちなんて
わからなくなるだろうか・・・・・?