口づけは蜜か毒か
―――――――




※パラレルワールド


夢で会ったあの子。
茶髪にも金髪にも見える長い髪をなびかせながら泳ぐその姿に目を奪われる。

(きれ、い・・・)

まるで海の妖精のようなその子はこちらに近づいてきたかと思えばザバァと岩に乗るとそれはそれは綺麗な声で歌った。幼さの残る声で楽しそうに歌う姿は何とも可愛らしい。
後ろ姿で顔や性別まではわからなかったが、それでも帝人は十分だった。

どれくらい見ていたのだろうか。その子はこちらに気が付く事もなくパシャリと水中へと潜っていってしまった。

「あ、」

慌てて手を伸ばすも時すでに遅し。その子の姿は完全に消えてしいて。
しかし帝人は何故か悲しい気持ちにはならないかった。

パチッと目を開けばそこには自分の部屋の天井が広がっており、先程までのあれは自分のなかの妄想に過ぎないと言うことを悟る。
これだから夢から覚めるのは嫌いだと昔の自分なら言っていたのだろう。夢から覚めたときのあのチリッとした喪失感が堪らなく嫌いであった。が、今は喪失感などなく逆に満たされている自分に気がついた。胸に手を当てるとドクン、ドクンと波打っているのを感じる。

(何だろう・・・何故だか分からないけれどもまた会える気がする。もう一度、あの綺麗な、人魚さんに。)

幼心にそう確信していた。根拠などない。そのただの推定でしかないその言葉が何とも真実味を持ったからこそ、なのだろうか。
帝人はそこまで思考を巡らせると再び瞳を閉じた・・・






♂♀


初めてあの夢を見た日からもうすぐ10年が経とうとしている。
あの日以降、その夢をよく見るようになった。
影が近寄ってきては水飛沫と共にザバァと岩に上がり、美しい声で歌ってはまた水中にもぐってしまう。それの繰り返し。何の進展も有りはしない。
しかし帝人はその夢に強い違和感を覚えた。人魚の事である。
はじめて夢で見た時はきっとあちらも人間でいう5歳ぐらいのものだったのだろう。白くふわふわとした肌や長い髪の毛、幼児特有の丸っこさに女の子だと思い込んでいた。
しかし、最近の夢のその子は長かった髪をばっさりと襟足が肩に着くか着かないかぐらいの長さに切ったらしく、今まで見えていなかったその子の背中がよく見えている。
女性にしては筋肉質で肉が無さすぎるその身体にはどことなく男が滲み出ていた。さらには歌声、である。出会った当初の高いソプラノは何処へやらテノールへと移り変わっていった。声変わりというやつだろう。
とにかく彼は自分と同じように成長しているらしい事を帝人は擽ったく思っていた。
それと同時に彼を愛しいと思うようにもなる。
普通なら同性と分かった時点で終了する筈の気持ちが無くならない。

(もしかして思っていたよりも僕は彼の事が)

「好き、なのかな・・・」

思わず口から飛び出したその時、初めて夢に変化が現れた。いや、正確に言えば続きができた、といった方が正しいのだろうか。
帝人の声に気がついたらしい彼ははじめてその顔を見せた。
ひゅう、と息を呑む声が聞こえる。帝人はそれが自分ののどから出ているということに気がつくまで時間がかかった。
そしてはあ、と感嘆のため息が漏れる。それほどまでにその人魚は美しかったのだ。
人魚とは一般的に女性が多いとされている。まれに男性――マーマンという――がいたとしてもそれは女性に比べ酷く醜いものだといわれていた。
しかし、それではいったい目の前の人魚は何なのだろうか。
髪が長ければ女性の人魚、マーメイドと言われても疑えない。むしろマーマンと言った方が驚かれるだろう。マーメイドの中でも最高峰であろう美貌を誇っていた。
そんな彼はあどけない表情を携え短い金髪をさらりと揺らす。

「そこに居るのはだぁれ?」

そして透き通るような美しい声で歌うように話しかけられた。

「僕、は、帝人。竜ヶ峰、帝人。」

「へぇ、帝人っていうんだ。な、帝人って呼んで良いか?」

「へ、あ、うん!あっと、君の名前は?」
「俺?俺は正臣!覚えてくれよ?よろしくな!」

「正臣?正臣・・・うん、よろしく。」

そして夢はそこで途切れる。
初めて話した彼は何とも明るく、優しさを滲み出していた。



♂♀

それからまた何年もの時が過ぎ、帝人は高校を卒業した。
そして都心にあったボロアパートを引き払い、海沿いに部屋を借り、海風を何時でも感じられる場所へと移り住んだ。
何となく選んだその場所。もしかしたら知らず知らずのうちに正臣の事を思っていたのかもしれない。
知らず知らずの内に生活の中に入っている彼の姿に思わず苦笑する。
窓から海を眺めていても正臣が居るわけでもないのに、あの岩影から正臣が飛び出してきそうで目を離すことが出来ない。
その時、キラリと金色の何かが光った気がした。

「まさ、おみ・・・?」

声に出せばそれは急にリアリティを持ち、居ても立ってもいられず部屋から駆け出す。
鍵を掛ける時間さえも惜しんでビーチへと向かえばやはり金色の何かがヒラヒラしていた。
岩影に近寄るに従ってドキドキと波打つ心臓を押さえながら自分の限界へと挑戦する。
縺れる足に鞭を打つ。そして出来るだけ早いスピードを保ちながら岩の裏側へと回った。

そこで、帝人は爽やかな風を感じた。
ブワッと下から巻き上がるように吹く風に思わず目をつぶると、近くに金色の何かがまた見える。
手探りでそれを掴むと思いの外質量を持っていた。
風がやみ、目を開ける。そして自分の手が掴んでいた物に喜びと驚きが混ざりあった複雑な感情が生まれた。

「う、そ・・・」

呆然と立ち尽くす帝人に金色は微笑みかける。

「ごめん、どうしても帝人に会いたくて、」

来ちゃった。とまるで夢の中の笑顔のまま発するから。

「正臣!」

思いっきり抱き締めてしまった。

「く、苦しいっての!」

「だって正臣が!」

「あーもう、泣くな泣くな!」

感動で涙が止まらない帝人のそれを舌で丁寧に舐めとり、帝人の胸板へと頭を擦り付けた。その甘えるような仕草にトキメキつつ視線を下へと向けると、肌色が四本。

「あれ、何で足が・・・?」

疑問を口に出せば正臣は明らかに焦ったような声でポリポリと顔を掻く。

「あーっと、これは・・・人魚を辞めた、から?」

「へ?」

「だから!帝人の夢から具現化するためにはそれなりの手順が必要で、その手順の中には足が必要不可欠で!って、何言ってんのか分かんなくなった・・・だから、要するに、俺はもうマーマン辞めてヒューマン、要するに人間になったんだよ!」

そう捲し立てて息を思いっきり吸い込む彼。人間の彼は中々頭が弱いらしい。しかしそんな所も可愛いと思ってしまう自分は相当アレだと思う。

「で、それもこれも全部僕のため、ってこと?」

「う・・・何か改めて言われると恥ずいな・・・」

カァッと白い肌を赤らめて恥じらう彼を凄く可愛いと思った。そういえば夢の中でも彼はいつでも可愛かったなと思い出す。初めて夢に現れた時も、初めて話した時も、やっぱり心の中では可愛いと思っていた。

「ね、正臣。僕、ずっと正臣が好きだったよ」

ギュッと手を握って目を見つめて口を開けば、自然と溢れ落ちた告白。
彼は一瞬目を見開き、それからニッコリと笑い紡ぐ。

「おれも、好き。帝人が好き」

それから互いに目を合わせて微笑んで、そして正臣の手を引いた。
バランスを崩した彼の唇に自分のそれを押しつける。

「ん、」

小さく漏れた声が愛しくて、それまでも飲み込んでしまうくらいに深く口付けた。
しゅわしゅわとまるで炭酸のような口当たりに夢中になって舌を絡める。
甘いような酸っぱいような何とも言えない感覚に二人は溺れていく。まるで、何かに取りつかれたかのように激しく、激しく・・・・・・












口づけは蜜か毒か

(それは飴のように甘く、)(麻薬のように翻弄する。)









素敵企画様への提出作品です。
一度試してみたかった獣化だったので楽しかったです!ありがとうございました。

提出先⇒【Magic rouge 様】





100809



―――――――



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -