不器用な看病
風邪を引いてしまった。昨日の夜中から39度を超える高熱が出て、今日学校を休んで病院に掛かった。インフルエンザではなかったので安心したが、熱が下がるまでは安静にしておくことにした。ああ、今日は楽しみにしていた調理実習だったのにな。ゴホゴホと咳き込みながらベッドに潜り込むと、薬が効いてきたのかまた眠くなってきた。
それから何時間経っただろう。時間も気にせず寝るのは幸せなことだが、如何せん身体が怠くてはどうにも素直に喜べなかった。
「…起きたん」
声のするほうを向くと翔君が座り込んでゲームをしていた。翔君ゲームなんてするんだ。あれ、何で翔君がここにいるんだろ。駄目だ、頭が回らない。床に無造作に置かれた数枚のプリントを見て、やっと理解できた。
「お見舞い、来てくれたんだね」
「別に…たまたま家の前通っただけやし」
うん、そっかそっか。わざわざお見舞いに来てくれたんだね。翔君の家、学校挟んであたしの家と真反対だもんね。思わず笑みがこぼれたのを見て翔君はムスッとしてしまった。ごめんね、可愛いんだもの。
「名前ちゃん情けないなぁ、熱なんか出して。どうせ腹出して寝てたんとちがう」
「あー…それ、間違ってないかも」
「…阿呆か」
上体を起こすと同時にペロンと冷えピタシートが剥がれ落ちたので、翔君に貼ってくれない?とお願いした。
「嫌や。自分でしい」
「お願い、翔君」
はあぁ、と大きなため息をつきながら冷えピタシートを持ってきてくれた。何だかんだ優しいもんね。ん、と自分で前髪を上げるとベチ、とそれはもう雑に貼られた。
「…痛い」
「知らんわ、自分で貼らんからや」
む、として翔君の筋張った腕を掴んで引き寄せると彼の顔を両手で包んだ。
「あー冷たーい。気持ちいい」
「……」
ほのかに赤みがかったその顔で、翔君は風邪移るやろ。と言ってきたのであれ?翔君、風邪移るの?情けなーい。と意地悪すると帰ると言い出した。ごめん、ごめんって。
「あれ、本当に帰るの?」
「ボクも忙しいんやよ。名前ちゃんに構っとる暇なんかないわ」
きっとロードの練習だろう。そうに決まっている。そっか、気を付けてねと言うとジィッと見られた。本当はもっと一緒に居たい、なんてわがままは言えない。自転車は翔君の人生だから。すると翔君が近付いてきた。
「…あきらく、…」
「….はよ治しや、ほんまに移されたらたまらんわ」
バタン、と風のように去って行った。翔君にキスされてしまった。その、唇にちゅっと。こんなことされたのは初めてで翔君とキスするのもきっと初めて。いや、絶対。
「…移っちゃうよ、ばか」
早く風邪を治して、今度はちゃんとしたキスがしたいと思うあたしだった。
(御堂筋が落車したーーーー!!)
(うおっ!大丈夫か!!)
'140222 pike
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