八重歯にトリック

「トリックオアトリート!」
「…な…何なのその格好」

今日もいつも通りノックもせずに部室のドアを開けると、そこには不可解な光景があった。何やら黒いマントを羽織って顔にペイントを施している今泉君と小野田くんとそれから鳴子。奇っ怪な三人を見てはて今日は何の日だったかと首を捻れば、掛かっていたカレンダーの今日の日付に汚い字で大きく書かれたハロウィンの文字に目がいった。…そうか、それでこいつらはこんな格好を。

「…オレは全く乗り気じゃなかったんだけどな」
「わーイッケメン。似合ってるよ今泉くん、それに小野田くんも!」
「あ、ありがとう」
「なぁ苗字、ワイは?男前やろ?」

そう言って私と彼らの輪に割り込んであごを人差し指でなぞる鳴子。鼻を膨らまして得意げな表情のヤツを、私は嫌味たらしく口元に手を添えて笑ってやった。

「ちんちくりん」
「…な!誰がちんちくりんやボケェ!」
「お前だよ鳴子」

今泉くんがボソリと呟くと鳴子は噛み付くように彼に顔を向けた。「苗字に見せたからもういいだろ」と今泉くんと小野田くんはすぐにそのマントを脱いで、顔につけた真っ赤な塗料を落としに洗い場へと向かった。ドアのほうから私の隣にいた鳴子へと目線を移すと、「ワイはまだしばらくこの格好がエエ」と言わんばかりにその大きな瞳をらんらんと揺らして私を見た。…あ、いいよ別に気に入ったならそのままで。手嶋さん達もまだ来ないと思うし。…そんな意味を込めてため息をつくと鳴子は八重歯を見せて笑った。思わず目を逸らしてしまったのは何となくだ、きっと。

「そんなに面白い事するんだったら教えてくれれば良かったのに」
「驚かすつもりやってんから言うたら意味ないやろ」
「そう…だけど」

仲間外れにされた気がして良い気分ではなかった。無愛想な表情をしていた私を見て、鳴子はニヤけながら距離を詰め寄ってくる。「あらーひょっとして拗ねてらっしゃいます?」なんてふざけた事言ってくるので私の機嫌はさらに悪化した。
それもそうだ、いつも宿題を見せてだのノートを貸してだの頼ってくるのはそっちのくせして、楽しい時にはお呼びでないなんて。思い返せば段々と腹が立ってきた。座って組んでいた足を貧乏ゆすりをすると鳴子から顔ごと背けて今泉くん達が早く戻ってくるのを願った。

「苗字」
「……」
「おい」
「私の名前はおいじゃない」
「トリックオアトリート!」

急に立ち上がって私の前に立ちはだかるものだから、つられて鳴子のほうを見てしまった。ずいっと斜め上から顔を近づけてくる。

「菓子くれへんといたずらするで」

黒いマントが垂れて私の太ももに触れた。至近距離で見るその笑顔と覗く八重歯が本当に心臓に悪い。座っていたパイプ椅子を後ろへ押しずって距離を取ると、急いで部室のドアを乱暴に開ける。部室に入ってこようとしていた小野田くんにぶつかりそうになって「ごめん」と大声で謝るとそのまま外へ逃げ出した。

「…どうしたんだろう苗字さん」
「なんやアイツも顔真っ赤に塗ってたわ」

カッカッカと豪快に笑う鳴子の声が、部室の中から微かに聞こえた。



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Happy Halloween!

141012 葉子さんへ


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