報酬は懐抱とベーゼ
「イヤや」
私は今日一日彼からこの言葉しか聞いていない。その理由はわからなくもないけど私は心配で仕方ないのだ。彼のことが。だから絶対にいうことを聞いてほしい。
「行ったほうがいいって、歯医者」
「イヤや言うとるやろ。なんで行かなあかんの」
そう私は彼のチャームポイントである歯を酷く気にかけている。インターハイで歯が折れてしまったらしい。最初に知った時は口に含んだジュースを全て吹き出すほど驚いたが、その歯を接着剤で装着したことにまた再びジュースを吹いた。(名前ちゃん汚いで、言われた)
「ボク歯並びええから行く必要ないし」
「その歯並びが悪くなっちゃうんだよ?ちゃんと治してもらわないと」
「イヤや行きたくないイヤや」
しまいには駄々をこねだした。頭は切れるくせに子どもっぽいから困る。ただ歯医者には行ってほしい。また折れちゃったら大変だからね。
「翔くん」
翔くんの両頬を手で挟んでぐいっと引き寄せる。彼はこれに弱いのを知っている。ほら、黙った。
「翔くん、お願い歯医者行って。ね?」
「……わかった」
目を逸らして素直に承諾するものだからお利口さん、と頭を撫でてあげた。うるさいで、と拗ねたけど。
次の日。翔くんがマスクをして黙って診断書を見せてきた。ちゃんと行ったんだね、えらいえらい。
「やっぱ歯医者嫌いや」
「なんで?」
「キィーンて音、あの音苦手や。やかましい」
ああ、だから嫌がってたの。翔くんにも苦手なものあるんだね。フフ、そっか。と笑って聞いてたら「歯並び褒められた」と無表情で言ってきた。嬉しかったのかな?良かったね、と言うと別にぃ、とそっぽ向かれた。とにかく歯医者に行ったご褒美にと翔くんをしゃがませるとぎゅっと抱き締めた。ほのかに赤くなった頬に軽くキスをするともっと赤くなったのでたまらずもう一度抱き締めた。
'140310 pike
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