段階フェイズ4. ダーク&ヒーロー

その日の放課後。御堂筋くんが荷物を持って静かに教室を出て行くのを見届けると、私も彼の跡を追うようにして自転車競技部の部室へと足を運んだ。ローファーに履き替えて外へ出ると、空は大きな雲で覆われていて今にも雨が降りだしそうだった。いつもなら雨が降らないうちにさっさと家へ帰るのだがこの日はそんな事を気にも留めず、出会した友人にまた明日と声を掛けた。

さて、そうこうしている内に御堂筋くんの姿もすっかり見失ってしまったので、自転車競技部の部室がどこにあるのか分からずにいた。とりあえず校庭に向かうと野球部の部員二人が談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。二人とも一年生の頃にクラスが同じだった男子だ。特に急いでいる様子もなかったので、自転車競技部の部室がどこにあるのかと尋ねると親切に教えてくれた。お礼を言うと体育会系らしい爽やかな笑顔を向けられた。でも自転車競技部に何の用事なのかと聞かれたので「御堂筋くんに会いに行くの」と素直に答えると、二人とも声を上げて驚いていた。


無事に部室まで着くとドアは閉まっており、その周りには部員らしき人物は一人としていなかった。きれいに並べられた自転車を見ると部員は皆、部室の中にいるのだろうか。小窓に耳を傾けてみても誰か一人の声がぽつりぽつりと小さく聞こえるだけで、楽しく談笑している様子はなかった。

待てども待てどもドアが開く音はしない。私は暇を持て余して部室の壁に寄りかかって石ころを蹴飛ばしながら待っていると、ガチャリと急にドアが開いてとっさに部室の裏に隠れてしまった。


「行くでザク」

この距離でもはっきりと聞き取れたその声の主は確かに御堂筋くんだった。御堂筋くん!そうやって教室でいつものように話しかけようと顔を出すと、私は再び顔を引っ込めて壁に体をくっつけた。ドクドクと鳴り打つ心臓の音。彼の様子が私の知っている御堂筋くんとはあまりにも違っていて、この私が声を掛けることすら躊躇した。私の存在に気付かれることなく部員たちは一斉に出走した。多分、先頭を走っている背の高い彼が御堂筋くんだろう。ただならぬ緊張感がビリビリと伝わってきて、壁に触れていた私の指先が小刻みに震えていた。

ふと私の目の前にある手洗い場に一人の男がひょっこりと現れた。奇抜な髪色をした線の細い人。自転車部のユニフォームを着ているというのに彼は自転車にも乗らず、念入りに手を洗っている。

「あ…あの」

声を掛けようとして絞り出した声はしがれていた。コホンと咳払いをすると彼は蛇口をひねって水を止め、真っ白なタオルで手を拭きながら私に体を向けた。

「キミは走らないの?」
「走りますよ…今から」

男の子とは思えないほど柔らかい声でそう言って微笑を浮かべた。でも今からじゃ間に合わないのではないのか。他の皆はもう既に出走していて、目の前の男はのんきに手を拭っている。すると男に「持っていてくれませんか」とタオルを手渡してきて、自転車に跨ると今度は不気味なほどに綺麗な笑みを浮かべた。


「すぐに追いつきますよ」

言葉を聞き取るころにはもう男はペダルを踏んでいた。預かったままのタオルはやたらと触り心地が良くて何度も撫でてはその感触を楽しんだ。

彼らがまたここに戻ってくるまでの間、ずっとこの場に立ち往生してはいられない。辺りを見渡すと半開きの部室のドアに目がいった。勝手に入っては怒られてしまうだろう。そう思い一度は入ることを止めたが、部員が戻ってくるまでに外へ出ておけば問題はないだろうと自分に甘く言い聞かせて少しの間お邪魔することにした。

中に入ると運動部にしては意外ときれいに片付いていた。脚の低い長椅子に腰掛けるとギシリと軋む音がする。近くにあったホワイトボードには意味不可解な図がたくさん描いてあり、1から6の番号があちこちに散りばめられていてそれが他にも何十通り。当然素人の私が理解できるはずもなく、眉をひそめて眺めるのをやめた。
御堂筋くんに部活を見に行ってもいいかと聞いたのは私だが、本人はおろか他の部員が全員不在ではする事もなく、かといって部室内の器具に触れることは出来ないのでただ暇で暇で仕方がなかった。ローファーを地べたで脱ぎ捨て、長椅子の上で体育座りをしてみた。人と会話もせずに何もない時間を過ごすのは苦手だった。低い声で唸りながら、腰の後ろについた両手をずるずると後方に伸ばして顔も一緒に反らしてみる。


「…キミィここで何してるん」

部室のドアは開いていて、逆さに映った呆れ顔の御堂筋くんがそこにいた。少し機嫌が悪そうにもとれる。私は思わず奇声を発しながら瞬時に体育座りの体勢に戻ると、ぐりんと首を彼のほうに向けた。

「ごっごごごめんなさい!少し休憩に使わせてもらっただけなの、何も触れたりしてないから!」
「当たり前や」

そう言い捨てて私に近付いてきた…かと思えば御堂筋くんは横にあったテーブルの上に手を伸ばし、置いてあるクリップボードに鉛筆で何やら無造作に書き込み始めた。間近でよく見ると、息は乱れていないもののいつもより呼吸が速くて話し方も速い。制服の上からでは分からなかった脚の筋肉がユニフォームのせいで際立っている。私が知っている優等生の御堂筋くんとは打って変わっていてつい上から下まで舐めるように見てしまっていた。

「いつまでおる気やの」
「…えっ」
「早う出ていき、ジャマや」

私のほうには目もくれずに冷たくそう言い放った。確かにこれ以上邪魔してはいけない。お邪魔しましたとお辞儀をしてじゃあまたね、と顔の前で手を振るとことごとく無視されてしまった。部室を出るといつの間にか戻ってきていたのか、先ほどの奇抜な髪色の男がいた。自転車に跨ったまま涼しげな顔をしている。駆け寄って預かっていたタオルを渡すと、彼は目を細めて私にお礼を言った。

「…あの自転車、御堂筋くんの?」
「そうですよ」

目がいったのはきちんと立て掛けられた、真っ白でサドルの思いっきり上がった自転車。髪も瞳も真っ黒な御堂筋くんとは正反対の真っ白な自転車。素人目に見ても手入れが行き届いているその自転車につい魅入ってしまった。もう一度部室の中に顔を出して御堂筋くん、と声を掛けてみるとやっぱり返事は返ってこない。


「素敵な乗り物だね」

我ながらありきたりな褒め言葉だとは思ったけれど、御堂筋くんはなぜか目を見開いてとても驚いた表情をしていた。


141217



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -