段階フェイズ2. 策を盗む

四月早々に実施された模擬テストの結果が返ってきた。可もなく不可もなく。クラス順位で見れば下から数えたほうが早いけれど、国公立進学組というのを考慮すると特別成績が悪いわけではなかった。
新しいクラスでもまた友人ができたが、昼食は以前から仲の良かった別のクラスの友人と一緒にする約束があるので、同じクラスの友人とは移動教室を共にするくらいだ。出会って数日。特に深い話をするわけでもなく、ただ当たり障りのない会話を楽しんで仲良く一緒に過ごせることが出来ればそれでいいと割り切っていた。

そんな友人と一緒に教室を移動していると、掲示板に張り出されていた模擬テストの順位に目がいった。毎回、学年上位50名が張り出される仕組みになっている。生徒のモチベーションを高めるための策だろうが、それは全てこの用紙に名前の載っている優秀な生徒に限る話であって、載っていない生徒にとっては我関せず、ただ尊敬の眼差しを送るだけなのではと思っていた。

「あー、やっぱ一位は御堂筋くんなんやなぁ」
「…え?御堂筋くんってあの…同じクラスの?」
「そうそう。めっちゃ頭ええんやよ。市川さん知らんやったん?」
「し…知らなかった」
「ほんまに」

ずっと首席やから、皆知っとるもんと思ったわ。友人のその言葉に私は再び驚いた。確かにどの時代どの学校にも秀才とはいるもので、決まってそういう人は三年間トップを維持するかそうでなくても三位以内には常に収まっているものだ。その秀才が私のとなりの席の御堂筋くんだなんて。あの、愛想もへったくれもないような彼にそんな一面があったなんて。
私以外の友人達は特に驚く様子もなく、止めていた足を再び動かして教室へ戻っていった。

御堂筋翔。…アキラってこういう字書くんだ。その名前の横に記載されていた総合点数に驚いては、置いていかれた友人達のあとを追った。


「…ねぇ、御堂筋くんって首席だったんだね」

教室に着くと御堂筋くんはもう自分の席に座っていた。ごそごそと引き出しから次の授業の教科書とノートを取り出してパタンと机上に置く。突っ立ったままの私のほうを一度だけ見て、ノートを机の上で開き始めた。

「何の話や」
「またまたぁ。成績の話だよ。聞いた話では今までずっと一位だったとか」
「…どうでもええわ」
「ねぇ、どうやったらテストでいい点取れるの?」

私は御堂筋くんのほうに正面を向けたまま自分の椅子に座ると、椅子の後脚だけを浮かせて彼に体を傾けた。急に縮まるその距離に、少し体をビクつかせる御堂筋くん。口を開けたままついに私をその大きな目で見つめた。
私はまだ何も知らない彼の本性を暴いてやりたいと思った。それは単なる好奇心で、口数の少ない彼の話し相手になってやろうかというお節介もある。
愛想笑いのままの私と、それをうざったそうに見る彼。現時点でキミに突き放されようが嫌われようが構わないから、別にどんな視線を向けられたって物怖じはしなかった。

「…別に…授業聞いとるだけや」
「私も聞いてるけどそんな点数取れないよ」
「集中力の問題、やろ」
「うーん、確かにね。コツとかないの?」

御堂筋くんの眉がぴくりと動いた。まだ話すんか…そんな事を言いたげな顔をしている。私は彼のほうに伸ばした足を軽快に動かしながら、返事が返ってくるのを待った。


「そういう無駄口叩く、よな…要らん体力を使わんことや」
「……」

最後に私と目も合わせずにそう吐き捨てると、チャイムが鳴り先生が教室に入ってきた。私は笑顔を引きつらせたまま、自身の足を机の四方の脚の中に収めて丸く縮こまった。なんて…なんて嫌な奴だ。遠慮がちに見えてやけにハッキリと物を言う奴だ。そう思いながら私は垂れる横髪の向こうの彼を密かに睨んでやった。

先生が板書を始めると周囲は皆ロボットのようにそれをノートに書き写し始める。私もその一人なのだけれど、そうだ彼はどうやって授業を受けるのだろうかと、またもや好奇心から隣の彼の様子をちらちらと盗み見してみた。

彼はたまに黒板を向いて、何やらちょこまかと教科書に書き込んでいた。何を書いているのかは分からないが、一心不乱に文字を書き写すことはしていない。本当に重要なことだけメモを取っているのだろうか。興味深くてつい黒板ではなく御堂筋くんのほうに顔を向けたままでいると、彼は多分視界の端に私を捕らえたのだろう。少し険しい顔をしていた。

「……あ」

小さく呟いた声が聞こえたかと思うと、コロンと御堂筋くんの手元から消しゴムが一つ転がり落ちた。私の足元まで転がって、しゃがんで拾おうとした彼の動きがぴたりと止まる。さすがの彼も私の足の間に手を入れることは出来ないのか、今だにその長い手で拾おうとしない。あまりに困っているのでこれ以上焦らすまいと、私はそれを拾って彼に差し出した。

「はい」
「……おおきに」

意外にもお礼を言うから驚いた。目を丸くして御堂筋くんを見ると、いそいそと目を逸らして教科書に書き込んだ誤字を消していたようだった。
御堂筋くんの勉強法を見習って授業に望めば私の成績も上がるだろうかと企んで、板書をそのまま書き写すのをやめてみた。するとどうだ、一体どこが重要で大学受験の役に立つのか分からず、教科書に書き込む単語は支離滅裂。結局は、見返してみると全く内容が頭に入ってこないただの落書きのようになってしまった。


「他人がする事をそのまま真似ても、自分にそのやり方が、合うとるとは限らん…よ」

まるで私の考えていることを見透かしているかのようなその言葉に、私の心臓はドキリと高鳴った。


141116



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