移りゆく心と変わらないあなた



今思い返せば、あんなに人前で泣いたのは初めてだった。小さい子どもみたいに泣きわめいて、その間みどうくんは何も言わずにそばにいてくれた。あの日から三週間ほど経つだろうか。あたし達はあれっきり一言も言葉を交わしていない。廊下ですれ違いざまに挨拶をしても、じっと目を見られてはすぐに逸らされてしまう。もともと口数は少ない彼だから、無視されているわけでもないと思うが、ただ何となく、話しかけないほうがいいのかなとすっかり消極的になってしまった。気付けば傷心していたあたしの心もだいぶ癒えていて、何故あんな奴と付き合っていたのだろうと相手を責める余裕ができるくらいには回復していた。

「そういや、チャリ部今日からインターハイらしいで」
「え、そうなんだ。…今日から?何日もあるの?」
「三日間もあるんやって!ハードやんな…」

知らなかった。今日からインターハイということも、三日間に渡って開催されるということも。あたし、小さい頃からみどうくんを応援してるつもりだった。運動も勉強もそれなりにこなして生きてきたけど、何かに夢中になることはなくて、自転車一筋のみどうくんを素直に尊敬していた。だけど、それは心の中で応援しているだけで、カタチにして伝えてない。だってみどうくんのレース見たことないから。みどうくんは、あたしを支えてくれたのに今のあたしは彼に何もしてあげれてない。駄目だよ、このままじゃ。例えみどうくんにとって支えにならないとしても、あたしはじっとしてられなかった。


「…間に合う、かな」

担任の先生からインターハイの開催地を聞き出すとすぐに学校を飛び出した。インターハイ三日目。新幹線に乗り込んでは到着時刻までの間ずっと落ち着かないでいた。駅に着いてからは、先生に調べてもらった地図を片手にインターハイの行われている箱根に向かう。

「すいません、ここもうトップの選手、通りましたか?」
「いや、まだ来てないよ」

お礼を言うと、コースぎりぎりのラインまで詰めてみどうくんが通るのを待った。みどうくん、トップなのかな?でもここはインターハイだし、そんな簡単に優勝できるわけないよね。期待と不安と緊張で胸がいっぱいになる。すると、ずっと遠くのほうで歓声が上がった。選手が来ているのだろう。握りこぶしをギュウッと握って最初の選手を待った。みどうくん…ではない。続いて何人も選手が通るからあたしは見逃さないよう目で追う。また、選手が来た。背が高くて線が細くて目がギョロッとしているのが、遠くからでもわかった。

「っみどうくん…!」

一瞬だった。それくらい速かった。みどうくんはあたしのほうなんて見向きもせずにあっという間に過ぎ去っていった。ドドド、と心臓が波打つ。凄い、凄い。自転車ってあんなに速く走れるんだ。

「なんか…今の選手走り方キモくない?」

知らない女性が後ろでそんなことを口にしていた。全然、気持ち悪くなんかない。あんなに勝利に執着してゴールだけを目指すなんて本当に格好いいと思う。気持ち悪い、だなんて失礼にもほどがある。あたしはキツく女性を睨むと少し慌てた様子だった。

みどうくん、みどうくんはあの頃と変わってない。あの頃からずっと自転車を頑張って、今自分の夢を叶えている。あなたは立派なスポーツ選手だよ。みどうくん、あたしレースが終わったらすぐに会いたい。会って今度はあたしが抱き締めたいの。


140218



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