雨に混ざる



梅雨はとうに過ぎたというのにこの日は朝から激しい雨が降り続いた。周囲は洪水警報による授業中止を期待したが、その願いも虚しく通常通り行われた。ふらふらと廊下を歩いていると、隣のクラスの窓から覗く名前ちゃんと目が合った。

「あ。みどうくんおはよう。席替えしたんだあ」
「…廊下からまる見えやで」
「うん、色んな人と目が合っちゃう」

ふふ、とまた口に手を当てて笑う。気のせいか彼女のまぶたがいつもより腫れている気がした。

「今日の名前ちゃんいつもより不細工やな」
「…え?」

冗談や、というと失礼だな、と笑った。なんだかその笑顔を見ると腹の底が熱くなって次に心臓が痛くなったのですぐその場を後にした。昨日石垣くんに言われた言葉が頭をよぎる。阿呆か、昨日のアレは仮定の話や。と何度も自分に言い聞かせても、結局は名前ちゃんのことを考えてばかりだった。
偶然なのかそれとも自然と目がいくのかわからないが、今日はやたらと名前ちゃんとすれ違うことが多かった。そしていつもよりよく笑っているような気がした。


「今日はレースや。山道コースを20周」

ザク共の表情はみるみるうちに青ざめる。この雨の中レースは無理やと?全く寝言は寝てから言うてくれ。ロードに天候は関係ない。
雨だろうが嵐だろうが雪だろうが灼熱だろうが、レースは開催される。それぞれの天候に合ったペースや走り方もあるわけや。今日はそれを見つける面ではある意味最高な天気や、筋トレなんていつでも出来るわ阿呆。そう言うとザクの中では一番ものわかりのええ石垣くんが納得したようですぐ準備に取り掛かった。それでええんよ、ボクの言う通りに動いてくれたらそれでええ。

日が落ちる頃、ようやく最後のザクが20周を達成した。タイムは最悪やけどまあええわ。インターハイで気張ってくれれば。雨の中レースをするとジャージとシューズが濡れてまうのが少し嫌やけど仕方ない。適当に水を切って手で持って帰っていると、下駄箱前に傘も持たずにただ突っ立っている名前ちゃんがおった。

「あ。みどうくん」
「…まだ帰らへんの」
「うん、傘持ってないから。雨止むまで待とうと思って」

そう言うとにこ、と笑って空を見上げる。雨、当分止みそうにないやんか。名前ちゃんはボクの視線に気付くと帰らないの?と聞いてきた。

「…傘、貸したるわ」
「えっ…いいよ!みどうくん濡れちゃうよ」
「もうずぶ濡れなっとるから、ええわ」

強引に傘を渡すとパシャパシャ水を踏んで雨の中を歩き出す。するとすぐに後ろからついて来て、「一緒に帰ろう」と言うものだからおとなしくその傘に頭を入れた。名前ちゃんが傘持つとフレームに頭が当たって鬱陶しいから取り上げるとお礼を言われた。別に名前ちゃんの為ちゃうし。

「今日はあの猿と一緒やないん」
「猿…?ああ、彼氏か。えっとね、別れたよ」
「ハァ?」
「えへへ、振られちゃったあ。なんかね、他に好きな人がいるんだってー」

何が、おもろいんや。なんで笑ってるんイミワカラン。そんな引きつった笑顔でボクを騙せると思っとるんやろか。心配させたくないから?同情してほしくないから?理由はどうであれ嘘のカオをしているのがもの凄く苛立った。

「それ、止め」
「…?なに、」
「全然笑えてへんよ、必死に隠そうとしても無駄や」

眉を垂れ下げて見上げてくる。そんなことない、とでも言うんかその顔で。顔を下げては急に黙り込むものだから、ちらと横目で見るとポロポロと涙を流しよった。なんで、そんな綺麗に泣くん。そんなにあの猿のことが好きなんか。聞きたいことは沢山あるがグッと堪えて見て見ぬ振りをした。

「他のな、女の子とおってん。…一緒に帰ろって誘ったら断られて、友達と帰ってたら、他の子の一緒おるの見てしまったんよ。あたしに気付いたけど、無視、されて…そしたら次の日、振ら、れちゃっ」
「もうええよ、聞きたないわ」

ごめん、ごめんね、と何度も謝りながら名前ちゃんは泣いた。溢れる涙を拭うように目をこする。どうせ昨日も一人で泣いとったんやろ、まぶた腫れるまで。阿呆。あんな奴の為にそんな綺麗な涙流しなや。そんな価値のある人間やないわ。「もう、大丈夫」そう言ってまた無理やり笑うから、ボクは名前ちゃんの後頭部を胸に引き寄せた。ああ、なんて阿呆なことしとるんやボク。こんな事してもあいつの代わりにはなれへんのに。名前ちゃんの泣き声がボクの制服に染み込んでゆく。

「ありがとう、…ありがとう」

まるでレースが終わった後のように、ボクの心臓は荒々しく脈をうった。

1402117



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