その時は永遠を誓うから



しばらく見ないうちに名前ちゃんは何というか、前よりもつるつるしていた。鏡とにらめっこしながら睫毛を伸ばしているその様子を隣でじろじろと見ると、顔を赤くして「そんなに見ないで」と怒られた。…気にもなるわ、どんなやってケショウしているんやろと。そんなんせんでも十分やで。名前ちゃんの後ろに回り込んで頭にあごを乗せてそう言うと、鏡越しの名前ちゃんは口元を緩ませてとても喜んでいた。

ボクは名前ちゃんより一年遅れて大学に入学した。帰国後すぐに紙とペンを持って色んな問題を解いて勉強したが、まず文字を書くことが久しぶりで思うように手が動かんやった。せやけど解き方なんてものはそんな短期間で忘れるはずもなく、当時と同じように頭は動いた。たまに名前ちゃんが教えたるよ、言うてボクの赤本を取り上げていたけれどすぐに返ってきた。…キミぃ、ボクよりも先輩とちがうん。

「一年のブランクがあるのに!」
「それは名前ちゃんも同じやろ」
「翔君には一生勝てないわ」
「…別ぅに勝たんでもええやん」

赤本に目を戻して長い長い文章に目を通していると、横におった名前ちゃんが急に静かになったのでちらっと、一瞬だけ目を向ける。するとまじまじとボクを見つめる名前ちゃんがおって思わず目の下が数回引きつった。名前ちゃんはテーブルに突っ伏して少し目線の上におるボクを見上げて柔らかく笑う。

「何やの」
「私、勉強してる翔君けっこう好き」
「………キモッ」
「こんなに近くで見られるの、きっと私だけだし」
「見んといてくれる。気ぃ散るわ」
「ふふ、ごめんね」


そうして大学の合格発表の当日。名前ちゃんに呼ばれたので、掲示板を見に行ったその足で家に寄ると玄関を開けてすぐクラッカーの破裂音が耳に響いた。心底驚いたボクは悲鳴と同時に重たいドアの角に額をぶつけてしまう。痛みで頭を抱えるのも束の間、腰あたりに抱きついてきた名前ちゃんを受け止めると「おめでとう」とこれまた大声で叫ばれた。

「そんな声張らんでもボクゥ、ここにおるんやけど」
「翔君合格おめでとう!」
「…おおきに」

もとから落ちる気は更々なかったので自分の番号を掲示板で見た時も、あァあったわ、くらいにしか思わへんやったのに。そもそも何で受かったことを知ってるのか問いかけると、インターネットで調べたらしくボクの受験番号が書かれたお粗末なメモを誇らしげに見せてきた。当の本人より喜んでいる名前ちゃんを見下ろすとたまらなくなって不意にキスをしてやった。何より、名前ちゃんが喜んでくれることが一番嬉しいわ。



それからしばらく月日は経ち、名前ちゃんと会う約束をしていた日のこと。一人暮らしを始めたボクは久屋のおばさんの家に行かなあかん用事があって、名前ちゃんもついでについて来てもらうことにした。意外にも名前ちゃんが久屋のおばさんとユキちゃんに会うのは初めてで、「なんか緊張するわ」なんてボクの隣でぶつぶつ言うてる名前ちゃんに、そんな緊張することでもないでと声をかけた。
一度は家を出た身や。家の鍵はまだ持っているけれど、他人行儀にもインターホンを押して誰かが出てくるのを待った。家の中から返事をしながらこちらに向かってくる気配がする。

「はーい!…て、翔兄ちゃん!…と、ん?お友達?」
「…久しぶりやなァ、ユキちゃん」
「初めまして」

堅苦しい笑顔を向ける名前ちゃんと、ボク達二人を交互に見てとりあえず笑みを浮かべるユキちゃん。いつも翔兄ちゃんがお世話になってます、なんてどこで覚えてきたのかそんな決まり文句を並べながら、ユキちゃんのその笑顔は消えて次第に真顔へと変わっていった。

「…彼女?彼女さんですか?」
「あ、えっと、うん」

ユキちゃんが、声にならない叫びが聞こえてきそうな表情で固まった。そうかと思えばすぐに叫んで、思わずボクと名前ちゃんは耳を塞ぐ。ほんまに、元気そうで何よりやわ。

「まじで!!ちょっと翔兄ちゃん!あかん!これは前代未聞の大事件やで!」
「…ボクぅが連れてきたんやからそんなん分かってるわ」
「オルゴールの人ですか!」
「ちょっ、と…ユキちゃん」

名前ちゃんは驚いた様子で目を丸くしていた。なんやの、まるでボクが誕生日にもらったことをユキちゃんに自慢したみたいやないか。ボクは珍しく慌ててユキちゃんにうるさい、と口止めすると二人していやらしい笑みを浮かべてボクを見てきた。…なんや顔が熱いんやけど。

「…おばさんは」
「お母さんならさっきお肉買いに行ったばっかやわ。ほんま、来るなら言ってくれれば良かったのに」
「ほうか」

少しの間、名前ちゃんを居間に置いてボクだけ部屋に行っているうちに、二人はすっかり打ち解けて話しこんでいるようやった。帰るで、と上手く切り出せずに突っ立っているとユキちゃんがそれに気付いて「あぁ。翔兄ちゃん、もう終わったん?」とすっかり邪魔者扱いされるくらいや。名前ちゃんが慌てて立ち上がってボクのほうに寄ってくる。ユキちゃんも見送りに玄関先までついて来ると、なぁ、と口を開いたのでボクと名前ちゃんは靴を履いて振り返った。

「翔兄ちゃん、名前さんと結婚するん?」

次に顔を赤くするのは名前ちゃんやった。段差の上からにやけて見下ろしてくるユキちゃん。さっきの間に何を話していたのかは知らんけど、答えずに黙っているとユキちゃんがなぁなぁ、と催促してきた。

「するかもな。…ほなね、ユキちゃん」

名前ちゃんの手を引いて家を出た。後ろからユキちゃんが「また来てくださいねー!」と名前ちゃんに向かって声を張っていた。それからしばらくボクは名前ちゃんの顔を見なかったし、名前ちゃんもずうっと下を向いたままやった。

「なぁ、翔君」
「なんや」
「さっきの事…なんやけど」
「…ユキちゃんと何話してたん」

名前ちゃんはすかさずボクを見上げて「違うの!」と声を張り上げた。どうやらさっきの質問は名前ちゃんが吹き込んだわけではないらしく、ユキちゃんは名前ちゃんにも同じ事を聞いたようややった。名前ちゃんはその時になんて答えたのかは知らないけれど「ユキちゃんにね、色々聞かれてたんだ」と顔を綻ばせてそう言った。


「…まだええ加減なこと言えんけど」

ボクが結婚なんて考えたことあるわけがない。ロードばかりやったこのボクが。だけれどいつからやろうか、この子とずっと一緒におりたいと思うようになったのは。この子の喜びがボクの喜びになって、守れるものなら守りたいと思うようになったのは。

「その時が来たらな」

ボクより一回りも二回りも背ェの小さいこの子をずうっと大事に出来るようになったら、その時は永遠を誓ってもええと思った。

「ボクのお嫁さんになってや、名前ちゃん」

頷いた名前ちゃんは出会った頃と変わらない黄色の笑顔をボクに向けた。ボクの大好きな笑顔。たったこれだけで胸のあたりがふわふわ浮いて、温かい気持ちになるんや。

数年後、なんの特別な日でもない休日の昼過ぎ。ソファで寛いでいた名前ちゃんに同じ言葉を送って、きらきらした小さな輪っかを名前ちゃんに手渡すと、きれいな大粒の涙を流して頷いてくれた事は一生忘れへん。


Happy end.
141027



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