卒業の日



その日は朝から雲ひとつない快晴だった。これだけ天気が良いのに、式は予定通りに体育館の中で執り行われる。在校生起立の合図で同じクラスの男子が一人だけ間違って勢いよく起立して、それを見て隣に座っていた友人と肩を震わせて必死に笑うのを堪えた。…こんな事が出来るのも今日までかぁ。実感すると一気に寂しさが溢れてきて、涙で視界がぼやけた。

卒業生代表として、生徒会長が涙で言葉を詰まらせながら答辞を述べた。人気者だった彼にもらい泣きをして周りの卒業生からもすすり泣く声が聞こえてくる。そんな雰囲気に飲まれてあたしも一滴の涙が頬に伝うと、隣のクラスの翔君に目がいった。相変わらずの無表情であくびこそしてはないが、彼にとって卒業式なんて退屈で仕方がないのではと心中を察した。そんなあたしの視線に気付いてか後ろを振り向いた翔君とバチリと目が合う。


「なきむし」


多分口パクでそう言ったのだと思う。慌てて目をこすり涙を拭うとすでに前を向き直した翔君の横顔は少し微笑んでいた。こんな厳粛な場でさえ、ああ好きだなぁと浮ついた気持ちになってしまう。二年前、翔君と再会した時には自分がこんなに人を好きになるだなんて思ってもいなかった。そんな翔君がもう明日飛び立ってしまう事を考えると、今はただ最後の制服姿をこの目に焼き付けておこうと思った。


「ハアイ」

卒業生の名前を一人ずつ読み上げていくのとは別に、翔君は三年間の皆勤賞と上位成績者として何度も名前を呼ばれては起立していた。友人がすかさず肘でつついて「御堂筋ってすごいんだね」と耳打ちしてきた。うん、すごいよ。皆の知らないところで努力しているのをあたしは知っている。本当に尊敬できる人なんだよ、翔君って。誇らしげにしていると友人に「本当に好きなんだね」と優しく微笑まれた。


「翔君、おめでとう」
「…なぁんもおめでたないわ。ヘトヘトや」
「皆勤賞と成績上位のこと、やよ」
「名前ちゃんやって呼ばれてたやん」
「あたしは帰宅部やったからねぇ。翔君は部活しながらやし」

翔君は褒め倒すあたしにたじろいで頬を少し掻いた。何と返していいのか困ったのだろう。翔君の制服の胸ポケットに刺さっていた黄色い花を見て可愛いねと呟くと、翔君はその花を取り出してあたしの頭のてっぺんに乗せた。

「ふふ、どうせならもっと器用につけてよ。耳の横とか」
「ボクがそんなんするわけないやろ」
「それもそうやね」
「黄色…、て名前ちゃんに似合うと思うんよ」

そう、かな。そんな事初めて言われた気がする。薄いピンクとか白がよく似合うとは言われたことがあるけれど。乗っけられた花を手に取りまじまじと見ていると、ずっとあたしを見てくる翔君に視線を向けた。まだあたしを見ている。

「名前ちゃんとおるとな、黄色い気持ちになれるんよ」
「黄色い気持ち…?」
「幸せな、黄色」

翔君がそんな事を思ってくれているだなんて驚いた。黄色…か。翔君って共感覚持っていたの?と聞くと「いや、ちゃうけど」と否定された。なんにせよ嬉しいことには変わりない。あたしは翔君といるとドキドキするよ、と伝えると照れたような変な表情を浮かべた。

「キモッ」
「翔君も同じような感じなんでしょ?」
「ちゃうわ。若干」
「でも、だいたいは一緒?」
「…名前ちゃんキモイ」
「一緒なんだね」

盛大なため息をつかれた。翔君のキモイは照れ隠しか肯定の言葉。照れた表情のままの翔君を見上げていると、卒業式を終えて周りもちらほらと解散しているようだった。まずい、最後に友人と別れの挨拶をしなければ。ハッとすると翔君もどうやら勘づいたらしく「行きや」と言ってくれた。

「…翔君、明日何時に出発なの」
「ええよ、見送りなんか」
「あたしがお見送りしないわけないでしょ?」
「何やのその自信は。…朝の11時や」
「なら、その時間に空港行くね」

おおきに、と残すと翔君は先に家へと帰ってしまった。また明日も明後日も会えるような気がしてなぜかまだ悲しくはならなかった。そのあと友人と最後の別れを告げると互いに涙が止まらなくなって、三年間の出来事を思い返してみると今更になって卒業したくないだなんて思ってしまった。


140912



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