親愛なる君へ愛をこめて



「あ、ごめん、その日は用事があるんよ」
「…ふぅん。ならええわ」
「ほんとごめんね、また明日」

いつ言おうか、今やろかとタイミングを見計らって朝からずっと落ち着かなかったボクは、彼女からの一言で見事に傷心した。今日の放課後何か用事あるん、と珍しくボクのほうから訊ねてみたらこの仕打ちだ。ボクを避けるようにして教室に戻っていった名前ちゃんの背中を黙って見送る。用事とは何やろか。もし、いつも一緒にいるトモダチとどこかに行くんやったら素直にそう言うやろうし、可能性は低いやろうけど家族でどこかに出掛ける予定があればそう言うだろう。しかし単なる「用事」で済まされたことが何となく引っかかった。
…まあ、たった一回断られただけやしそんな気にする事でもない。こんな機嫌がよろしくない時に限って、校内で小鞠にもバッタリ出くわすわけで、「今日は名前さんと一緒ではないんですね」と今なら嫌味にすら聞こえるその一言にボクは更に苛立ちを募らせた。



「なぁ御堂筋くん、ずっと気になっててんけど」

そういえばまだボクぅの荷物を置きっぱやと思い出して、時間もあるし取りに行くかと部室に行くと、もうとっくに卒業したはずの水田くんがおってボクに話し掛けてきた。何でおるん。正直、驚きはしたが見た目も大して変わってへんし、どうでもええわとそのまま無視して自分のロッカーまで直行すると、「待って、聞いてや」としつこく引っ付いてくる水田くんに目だけを向けた。

「み、御堂筋くんて、いつもレース前にイヤホンで何聴いてるん?」
「ファ?」
「いや、何となく気になってて…って待って待って!帰らんとって!」
「…何でキミィに教えなあかんの」

そう冷たく返すと、急にたじろぐ水田くん。「特に理由はないで」という言葉を果たして信じていいものか、何にせよこのやり取り自体が面倒になってきたので、ここは素直に答えておいた。


その翌日。待ち合わせをしたわけではないのに、放課後に偶然名前ちゃんと出くわした。…今明らかに「しまった」いう顔してたよなぁ。制服の下からのぞくカーディガンから指だけを出して、その手を少し上に挙げてボクに手を振った。左足を彼女のほうへ一歩差し出すと、その分また距離を取られる。

「…、名前ちゃ」
「ごめん翔くん!今日も先に帰ってて!」

苦笑いをボクに向け、そのまま後ろ歩きでそそくさと帰って行った。案の定、知らん人にぶつかっていたけれど。しかしこれではっきりと確信した。名前ちゃんはボクを避けている。その理由はわからず何か思い当たる節がないかと頭を一瞬働かせたが、何も出てこなかった。…何か後ろめたい事でもあるんやろうか。気が晴れないまま、まぁええかと学校の校門を出ようとすると、少し離れた位置に名前ちゃんと水田くんが何やら話しているのが見えた。…名前ちゃんの用事てこれの事なん。それより大学生ていうのはほんまに暇なんやな、水田くぅん。目を細めてじいっと冷ややかな目線を送ると、二人ともボクに気付き真っ青な顔して口をぱくぱくと魚のように動かしていた。何や、見られたらまずかったんかい。特に声を掛けることもなく知らんふりして校門を出ると、後ろのほうで二人が慌てふためいている声が聞こえた。隠し事するならもっと上手くしろや。

ボクぅの知らんところでコソコソしているのが気に食わず、家に着いて玄関先に出迎えてくれたユキちゃんに「翔兄ちゃん、なんや顔怖いで」と顔を覗き込まれた。いつもの事やと言うとそれもそうやなと笑って済まされる。ボクとは違ってやけに機嫌が良いのは、どうやらおばさんと一緒に作った豚の角煮がここ最近で一番の出来に仕上がったから、らしい。



それから何日も名前ちゃんから避けられる日が続いた。いい加減その理由を教えてくれんやろか。そうは思ってもボクから聞き出すのは気が引けて、結局は愛想笑いを浮かべる名前ちゃんを目で追ってすれ違うだけ。今日もきっとそうやろ、と廊下の向こう側から近づいてくる名前ちゃんを見つけても直視出来ずにすぐに目を逸らした。どんどん距離が縮まる。…そろそろすれ違う距離やろか。そう考えるのも束の間、香水とは違う柔らかい香りがボクの鼻をくすぐったのは、名前ちゃんに手首を掴まれて身体を引っ張られている事に気付いてからやった。

「…な、何やの」

もちろん、力任せにこちら側へ引っ張れば簡単に引き止めることはできるが、ぶつかって痛い思いをさせたくなかったから大人しくついて行くしかなかった。なぁ、とか聞いてるん、とか何度話しかけても返事が返ってくる気配はない。ほんまに何を考えてるんや。さらさらとなびくクセのない髪の毛のせいで名前ちゃんの表情は全く窺えない。
非常階段の外へ連れ出されると、一段二段と上がっておおよそボクと同じくらいの顔の位置になったところで、やっとこちらを振り向いて目が合った。少し乱れた息を隠そうと口を閉じて鼻で息をするのを見て、ここに来てまで隠し事かと深いため息をついた。そんなボクを目の前にして名前ちゃんは焦ったような、それでいてどこか緊張しているような複雑な表情を浮かべた。まだ彼女が何を考えているか分からない。

「…あき」
「ずいぶんとボクぅを避けるんやね」

機嫌でも取るつもりなのか、優しい声で名前を呼んでくるのをすかさず遮った。目の前で忙しく瞬きをするその目は次第に下を向いて、視線の先で落ち着きなく足を動かす。

「今日って何の日だっけ?翔君」
「御堂筋翔君が生まれた日やなぁ」

せやから何なん、と聞くと目を丸くしてボクを見つめる名前ちゃん。そんなサラッと言うとは思わんかった、なんて失礼な子ぉや。普通、自分の誕生日忘れる奴なんておらんやろ。

「あのね、自転車とか詳しくないから何あげていいか分からんやって」
「別ぅにええよ、何も要らんわ」
「あたしなりに考えてんけど…」
「なぁ名前ちゃん、聞いてるん」

唇を噛み締めてそれから翔君、と可愛いらしい声で呼ばれた。そんな照れられたらボクまで恥ずかしいんやけど。返事をすると今度は手を取られて手のひらに小さな小箱のようなものを置かれた。


「誕生日おめでとう、翔君」
「…何も要らん言うたやろ」
「今、ね。気に入るかどうかものすごく不安やけど」
「開けるで」

きれいにラッピングされているのを出来るだけ丁寧に剥がそうとするも、ベリッと破けて思わず声が出た。名前ちゃんは「そんないいのに」と笑ってくれたけれど。

「……これ、何」
「うっ…やっぱ気に入らなかった?」
「ちゃう、ほんまに何か分からん」

小箱のラッピングを解いても中から現れたのはやっぱり小箱で、回転させてどの角度から見てみてもコレが一体何なのか分からんやった。

「これね、ここ回すんよ」
「これ?」
「うん」
「オルゴールか」
「そうそう」

何周かネジを回してみると綺麗な音が流れた。有名なクラシック。これ、どこかで聴いた事あるわ。しばらくじっと動かないまま耳をすませていると、そういやレース前にたまに聴いているやつやと思い出した。もしかしてこの間水田くんに変な事聞かれたのはこのせいか。こそこそと呆れる程に下手な隠し事の正体はこれやったんか、まるでパズルのピースが合うように頭の中にあったモヤモヤがすっきりと晴れた。でもな名前ちゃん、水田くんを選んだのは間違いやで。もっと他がおったはずやとふと石垣くんや小鞠の顔が浮かんだが、やっぱどれもあかんわと首を横に振った。

「留学先に持って行ってもらいたいなって。小さいから邪魔にならないと思うけど」
「…おおきに。大事にするわ」
「っ本当?気に入ってくれた?」
「名前ちゃんから貰えるんやったら何でも嬉しいわ」

自分でも言った後にしまったと思った。我ながらこんな恥ずかしい事よう言うわ。名前ちゃんもその言葉に照れ笑いを浮かべてとても嬉しそうにしていた。

「そのオルゴールをあたしだと思ってほしくて。ずっと会えなくても翔君が寂しくないように」
「ファー?名前ちゃんこそ泣かんとってや」
「泣、かないよ!」

顔の前で両手と首を振って否定する名前ちゃんに意地の悪い笑みを見せると、少しムッとして拗ねていた。オルゴールを見つめながらもう一度、おおきにと礼を呟くと「どういたしまして」とさっきとは裏腹に自慢気な返事が返ってきた。
その日はようやく一緒に並んで帰った。ここずっとボクを避けていたのも、プレゼントを驚かせる為の作戦やったらしい。そんな事しなくても十分驚いたと思うんやけどと思いながら、必死に謝ってくる名前ちゃんを許した。



「あ。翔兄ちゃんおかえり!」
「ただいま」
「何持ってるん?」
「…、貰ってん」

なになにと執拗に聞いてくるユキちゃんを振り切って部屋に向かおうとすると、「もしかしてカノジョに貰ったん?」と腹立つくらいニヤけた笑顔で煽られた。そんなユキちゃんをちらっと見て何か言い返そうとしたが、そのギラついた目にこれは何を言っても無駄やなと話を逸らした。

「…今日の晩ご飯、何」
「えっほんまに彼女なん」
「ユキちゃん、ちょっとうるさい」
「お母さーん!聞いてーやー!」

騒がしく足音を立てておばさんのいる居間に走って行ってもうた。ボク何も言うてへんやん。とりあえず荷物を部屋に置いてからしばらくして居間に行くと、やたら笑顔のユキちゃんとおばさんがおって無理やりテーブルの前に座らされた。その後いただきます、の掛け声と同時にボクが二人から質問責めにあったのは言うまでもない。


140827



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