魚が見たいわけではない



高校三年目の秋が来た。最後のインターハイを終えた翔君は、変わらず毎日ロードレーサーに乗っている。二年とちょっと、この京都伏見で部活を続けてきたのだ。引退は正直寂しいんじゃない?と聞いてみたら「ハァ?阿呆ちゃう、ザク共おらんから伸び伸び走れるわ」なんて口を歪めて言っていたけど今でもほら、京伏のユニフォームを着ているのは何でやろうねぇ翔君。

翔君はどうやら留学を決めているらしい。高校卒業後、すぐに。そういえば進路希望調査で、第一志望の枠にロードレーサーと書くとその日のうちに呼び出しを食らったと翔君が文句を言っていた。そりゃそうだ、成績トップの希望の星である翔君の進路がスポーツでは、教師達が黙ってないはずだ。しかし留学の事を話せばすぐに納得してくれたらしい。

「多分ボクぅがわざわざ外国行ってわざわざ勉強する思っとるんやろね。ププ」
「翔君、今すごく悪い顔してる」
「どーこーがー」

くすくすと笑えば翔君はあたしを見下ろしてより一層睨みを利かせてくる。それがまた可笑しくてお腹を抱えて笑うと、失礼な子ぉやと顔を逸らされてしまった。翔君といると本当に楽しい。一緒にいるうちに、翔君の天邪鬼な態度とか愛情表現とかそういうものが伝わってきて、それだけであたしは幸せな気持ちになるのだった。
一年くらい離れても、きっと大丈夫。翔君ならちゃんとロードレーサーに更なる経験を積んで、またここに戻ってきてくれる。できればあたしの事を少しでも想っていてほしいけど、こればかりは欲張るなと思い切り頭を振った。

「ところで翔君、部活も引退して時間も少し出来た事やし、さ」
「なんやの。人多い所やったら行かへんよ」

まだ何も言ってないじゃん。拗ねるように口を尖らせると、ジイッと観察するように凝視された。負けじと上目に見上げたまま見つめ返す。すると意外にもパッと視線を逸らされたので、ひとまずこの勝負はあたしが勝ち取った。


「デートしよう翔君!」
「いやや」
「そ、即答…。えーお願いこの通り!」

翔君の目の前で手を合わせて、これ以上ないくらいの笑顔でおねだりをした。にも関わらず二度目の即答、撃沈である。そう、翔君と付き合ってからもう長いというのに、今までデートらしいデートをした事がない。あると言えば、図書館デートや、あたしの家でお泊まりデート。後者のそれは響きだけ聞くと不純なものに聞こえてしまうが、特に何もやましい事はしていない…はずだ。

「名前ちゃんボクぅの話聞いとった?人多い所は行かへん言うたやろ」
「人少ない所!行こう!」
「ファッ?例えば」
「例えば…そうやね、水族館とか」

嬉々としてそう言うと翔君はポカンと口を開けたまま固まってしまった。分かるよ、この顔は名前ちゃん阿呆ちゃう、の顔だ。…確かに休日は家族連れやカップルで賑わう場所かもしれないけれど、平日だと意外に空いていたりする。懸命に説得すると翔君はあからさまに嫌そうな顔をした。ここで引き下がるものか。

「明日の夕方5時に伏見公園ね!」
「…ハァ?行かへんよボク」
「大丈夫、絶対行くから」

翔君は大きい目を一層見開いて、ぶつくさならぬキモキモと呟いていた。じゃあ、また明日。清々しい気持ちでまだ近い距離にいる翔君に手を振ると、絶対行かんからなボク、と釘を刺された。


140803



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -