夢の話



最近の名前ちゃんはやたらとボクを小馬鹿にしてくる。ボクを見上げてはにこにこと余裕ぶった素振りで、翔君かわいいなぁ、やらあたしの事好きなん、やらと茶化してくるようになった。当然二つ目のくぅだらん質問には答えるわけもなく、名前ちゃんのその憎たらしい顔を見んと「別に」とだけ冷たく返した。それやのに名前ちゃんは今だにボクの横でヘラヘラしている。この間の一件なら今すぐに忘れて欲しい。そう、それや。ボクがくだらん事で腹を立てた件や。そう言うても「何かあったっけ」と悪びれる様子もなくしらばっくられた。それを見て面白くないボクは、名前ちゃんに近寄ってキモイの一言でも返そうかと思ったが、あんまり笑うてるもんやから大人しくまたもとの距離を保った。べつぅにその顔が可愛いかった、とか思ってへんよ。

今は昼休み。名前ちゃんがたまにこうやってボクの分までお弁当を作ってくれる日には、決まって屋上で一緒に過ごす。本当は立ち入り禁止でロープが張ってるが、この日だけはこっそりと忍んでそのロープをくぐり抜ける。日陰になっている場所に座り込むと名前ちゃんのより一回り大きい箱を手渡された。おおきに、と呟いて箱のふたを開ければ、相変わらず色合いも栄養も完璧なおかずが目に飛び込んで来た。いつも何から箸をつけようかと迷う。せやけどボクが一口目を口にするまで名前ちゃんは黙ってこっちを見るもんやから、結局選ぶ間もなく玉子焼きをぱくりと口に放り込んだ。

「豆腐ハンバーグ、入ってへん」
「ごめんね、お豆腐を買うの忘れてて」
「ふぅん。…別にええけどね、美味いから」

箸で掴んだ肉巻きおにぎりをじいっと眺めては、一口で口に入れて噛み合わせの良い歯でしっかりと噛み砕く。味わう前から美味い言うたけど、やっぱり美味い。褒め言葉を素直に言えるようになった辺り、少しはボクも名前ちゃんを喜ばせられるようになったやろうか。

「…今日の名前ちゃん、顔だらしなさすぎやで」
「翔君が美味しいって言ってくれた」

嬉しそうな顔。パッと目を逸らすと大きな声でありがとう、と言われた。そんなん、本来礼を言わなあかんのはボクのほうやろ。ご飯粒を一粒も残すことなく完食すると手を合わせると、名前ちゃんも一緒になって真似してきた。

「なぁ、翔君の夢って何?」
「…ファッ」
「やから、夢。将来の夢」

あまりにも唐突に聞くもんやから、何も答えんとじいっと名前ちゃんを見つめた。名前ちゃんの大きな黒目に間抜けな顔したボクが映る。

「スポーツ選手はもう叶ったもんね」

名前ちゃんの綺麗な笑顔が、背後にちらつく太陽の光に照らされて酷く眩しい。どくん、と何とも言えない幸せが広がった。あれからもう七年が経つというのに、まだ覚えとったんや。ボクだけやと思っとった。今でも忘れへん、名前ちゃんと出会った時の事。

「…ツール・ド・フランス」
「?ツール?」
「世界のロードレースや、それに出る事」

それがボクの夢や。仕方なしにそう答えると、「そうなんだ、すごいなぁ」とやけにトーンの高い声で褒められた。何もすごくないわ。叶えたわけやあらへんし、そういうもんは叶ってから褒めるもんや。名前ちゃんは、何かあるん。別に会話が途絶えんように気を遣ったわけではない。ただ単に気になったからそう聞き返すと、急に俯いたまましばらく顔を上げんやった。

「なぁ、聞いてるぅん名前ちゃん。…どう、したん」
「っなんでもないよ!ごめんね、先に戻るね!」

取って付けたような笑顔をボクに向けて、名前ちゃんは逃げるように去って行った。…なんで泣くん。何か泣かせるような事したやろか。一人取り残されてしばらくぼうっとして、それからハッと我に返る。すっかり返し忘れた弁当箱を持って立ち上がれば太陽の光に目が眩み、よろけて壁に頭をぶつけた。


140723



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