警報が鳴る



岸神小鞠は変わった男や。ボクが言うのもおかしいやろうけど、最初に会うた日から奴の独特な風貌はヤケに目の奥に焼きつかれた。

テーピングを名前ちゃん家に忘れてきてしまった。しゃあないから身体に何も巻きつけず無防備のままデローザに跨る。初っ端から全開で回すのは違和感しかせぇへんのやけど、まぁええわ。難なく外周を終えると汗を垂れ流したまま部室に戻った。おかげでこの狭苦しい小屋は汗臭くてたまらん。別ぅにボクが臭かろうが関係ないんやけど、臭い場所はイヤや。ブシュブシュと乱雑に除菌スプレーを振りまいていると「御堂筋さん…先輩」と後ろから静かに声をかけられた。

「何や」
「御堂筋さんのお友達…名前さんからです」

そう言って差し出されたのはテーピング。…名前ちゃん、わざわざ届けてくれたんや。小鞠の手のひらに乗ったそれを奪い取ると「もう走り終わったわ。今更遅いんやけど」なんて思ってもない事を口に出す。本人を目の前にしたら多分、こんな事も言えへんのやろうけど。…ほんまキモいなボク。鳥肌立つわ。

「可愛らしい方ですね、名前さん。…なにより、御堂筋さんにお友達が居た事に驚きです」
「ハア?トモダチちゃうわ阿呆。おぞましいこと言わんといてくれる」

フフ、そうですか。薄気味悪い笑みを浮かべたまま本日何度目かの洗手をし始めた。機嫌が良いのだろう、その後ろ姿からはなんとなく楽しそうな表情がくみ取れた。大して興味もないボクはすぐに視線をずらしてまたブシュ、と自身のロッカーに除菌スプレーを吹っかけた。


「テーピングおおきに」

そうディスプレイに文字だけ打ち込むとさっさと送信した。すぐに返信が返ってくる。「どういたしまして。今日もお疲れ様」と最後に変な顔文字。たったこれだけでボクの心は満たされるんやから、ほんまにボクの幸福基準値は格段に下がってしまったんやと思う。…これも全部名前ちゃんのせいやで。


「おはようございます、名前さん」
「あ、えっと岸神君!おはよう」
「小鞠でいいですよ」

相も変わらず仮面のような笑顔でいきなり名前ちゃんに挨拶をしたきたこの男。隣におるボクを無視して名前ちゃんばかりに話し掛ける。

「…おはようございます御堂筋さん」
「なんやの、そのついでは」

ギョロッと小鞠を見下すとすぐ奴の視線は名前ちゃんに注がれた。…ハア?

「今日もお綺麗です名前さん」
「あっ、ありがとう」

口説き文句にも聞こえる小鞠の声が遠くに聞こえた。なんや、コイツやけに名前ちゃんに突っかかるやないの。ボクはピタリと足を止めると、それに気付いた名前ちゃんがボクの顔を下から覗き込んできた。

「どうしたの?」
「……なんでもないわ」


140706



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