不気味な微笑み



念のため掛けておいた目覚まし時計の音で目が覚めた。カーテンの隙間から差す光が眩しくて思うように目が開けられない。それでも隣で規則正しい寝息を立てる翔くんの顔が見たくて手で光を遮る。いつもの翔くんからは想像つかないほどあどけない、幸せそうな寝顔。そうっと頬に触れると同時に大きな黒目がこっちを向いた。

「お、おはよう翔くん」
「おはよう」
「よく眠れた?」
「…誰かさんのせいで寝れんやった」

ふぁああと大きな欠伸をして目尻に涙を浮かべた。なんかごめんね。申し訳ない気持ちでベッドから立ち上がった翔くんを見上げると「うそやよ」と優しい声が降ってきた。こんな冗談交じりの小さな会話を、朝二人きりでできるなんて。想像以上に心地良くて自然と頬が緩んだ。

「いってらっしゃい、今日も頑張って」

朝食を二人でとって、それからすぐに翔くんは玄関に向かった。今日も部活やもんね。ぴょこんと跳ねた寝癖に触って直してあげると、頬に軽くキスをした。なんだか新婚のようでとても気分が良い。さすがに翔くんも驚いていたけれどすぐに「いってきます」と返事が返ってきた。

翔くんが部活に行ってから、二人分の食器を片付ける。ふとテーブルの上に置かれたテーピングに目がいった。これ、翔くんの。どうしよう、大事な物なのかな。しばらくそれを眺めてから時計に目をやるとまだ午前11時を指していた。…まだ間に合う。急いで支度をしてテーピングを鞄に入れると家を飛び出した。

学校に着くと自転車競技部の部室に向かった。翔くんが部活しているところは何度か見たことあったので、部室の位置はなんとなく知っていた。乱れた息を整えながら部室のドアをノックする。はい、と小さく返事が聞こえたので恐る恐るドアを開く。そこに翔くんの姿はなく、肩まである髪を綺麗に切りそろえた男の子がこちらを見て立っていた。

「…何か、用ですか?」
「あっあの。翔く…御堂筋君に忘れ物を届けに来たんですけど」

不審そうな目で見られるものだから、変に緊張してしまってゴソゴソと鞄を漁っているとテーピングを落としてしまった。そのまま男の子の足下まで転がる。慌てて拾おうとすると先に男の子の手が地面へ伸びた。

「御堂筋さんのお友達ですか。…どうぞ」
「あっありがとうございます」

そう言って笑顔でテーピングを渡された。ドクン、と胸がザワつく。親切にしてくれたのに、その笑顔が不気味に感じるなんて我ながら失礼だと思う。それでも目の前の彼を直視はできなかった。

「岸神小鞠です。ボクの名前。4月から京都伏見の新入生です」
「あ、苗字名前です」

お辞儀をすると敬語は止してください、と微笑まれた。

「あの。翔くん、いる?」
「あぁ、御堂筋さんなら今外周してますが」
「そっかぁ」
「テーピングなら、ボクが渡しておきますよ」

外周となると戻るのは遅くなりそうなので、岸神君の言葉に甘えることにした。ありがとう。初対面ながらぎこちなくも笑顔でお礼を言うと、心なしか岸神君の細い目が少し大きく開いた。

「じゃ、じゃあこれで。お邪魔しました」
「…また来てください、名前さん」

閉まるドアの隙間から見えた最後の笑顔はやはり不気味で、ガチャンと完全にドアが閉まる前に、あたしは視線を逸らしてしまった。


140704



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