春の訪れ



「翔君…」

ぼやける視界の中で名前ちゃんの甘い声がはっきりと聞こえた。返事をしようと口を動かすが思ったように声が出ない。綺麗な白い肌が視界いっぱいに広がっては、そのうっとりする光景に目を疑った。もっと近くで見たい。ぼやける視界のピントを合わせるように、目を大きく開けた。

「翔君、起きておいでー」

パチリと目を開けると天井の木目がこちらを向いていた。夢か。しかしとんでもない夢を見てしまった。はっきりとは見えなかったが何も衣服を身につけてない名前ちゃんを組み敷いとった。アレはボクが望んでいることやったんやろか。そう思うと嫌気がさして、卓上に準備してあった朝ご飯を口に掻き込んだ。
季節は過ぎ去り3月。学校は春休みに入り、毎日ロードばかり。名前ちゃんとも終業式に会ったのが最後で、ここ一週間は会ってなかった。脳裏に浮かぶのは名前ちゃんの可愛らしい笑顔。久々拝みたいな、思ってはたかが一週間会わないだけでボクも随分と女々しくなったもんやと自嘲した。今日も日が暮れる頃に部活を切り上げると、沈む夕日を眺めながら家に帰る。ピリリリリ。ジャージのポッケの中でうるさく鳴るケータイを取り出すと、名前ちゃんからの電話やった。

「…何やの」
「あ、翔君!よかった、出てくれて」

受話器からボクの名前を呼ぶ声が聞こえて思わず顔が緩みそうになる。電話の向こうで柔らかく笑う名前ちゃんが容易に想像できた。

「ほんで、どうかしたん」
「あ、うん。今日あたしの家来る?両親が旅行に出掛けちゃってね、ご飯作りすぎたから一緒に食べようかなと思って」

どうかな、と控えめに聞いてくるが答えは決まっていた。「行くわ」それだけ言うと名前ちゃんは嬉しそうにしてじゃあ待ってるね、とすぐに電話を切られた。とりあえずシャワー浴びてそれから行こう。「両親が旅行に出掛けている」その言葉に内心ホッとしては足早に帰宅した。

「…、……」
「はいどうぞー!」

名前ちゃん家に着けば早く早くとボクの手を引っ張るもんやから、お邪魔しますの一言もろくに言えんと玄関先の段差につまづいた。

「今日のメニューはハンバーグです!」

四人掛けのテーブルに並べられた二人分の料理。一品二品やなくて何品も盛り付けられた料理を見てほんまに名前ちゃんは昔から何でも出来るな、と感心さえした。「…いただきます」そう呟いてハンバーグに手を出すと名前ちゃんの優しい視線がボクのほうを向いていた。そんな見られたら食べ辛いわ。それでもらんらんと目を輝かせる名前ちゃんに「美味いで」と言うと安心して箸をつけだした。名前ちゃんの手料理で不味かったこと今までにないんやけど。こんな事言うと名前ちゃんはきっと照れ笑いするんやろうけど、口下手なボクはよう言えんかった。

ご馳走さん。きれいにおかずがなくなった皿を流し台まで持っていくと「洗うから置いてていいよ」と退かされた。丁寧に洗い流すその様子を横で見ていると「そんなに見ないで」と照れ臭そうに笑った。そそくさとソファに座っては、背もたれに顎を乗せて遠くからまた名前ちゃんを眺める。「もう」と顔を赤くしていたその表情のなんと可愛らしいことか。

「まだ終わらんの」
「ふふ、もうちょっと待ってね」

ようやくエプロンを外してボクのもとへ寄ってきたと思ったら「先にお風呂入ってくるね」とまたもやお預けをくらった。

「翔君は済ませてきたよね?シャワー」

黙って頷くと良かった、と呟いて風呂場へ行ってしまった。勝手に寛いでていいよ。そうは言われたものの何をすることもなく、とりあえずガラステーブルの上に置かれていたテレビのリモコンに手を伸ばした。何インチやろかこのテレビ。大きな液晶に映る映像をカチカチと変えては、適当な番組で止めた。まだやろか。やけに落ち着かずにやたらと喉が渇いてきた。なんか飲み物が欲しい。勝手に人様の冷蔵庫を開けるのは気が引けて仕方なしに風呂場へ向かった。

「名前ちゃん喉渇いた」
「ちょっと待って翔君今開けん」

開けん…とって、名前ちゃんの言葉を最後まで聞かんかったボクが悪かった。秒で扉を閉めたが遅くて、素っ裸で横向きでしゃがみ込む名前ちゃんが完璧に頭に残った。

「…上がっとったなら早う言って」
「ご、ごめん…?」

名前ちゃんが謝るのもおかしな話やけどこの際どうでもええわ。羞恥なのかただの風呂上がりのせいか、顔の火照った名前ちゃんがオレンジジュースをコップに注いでくれた。素っ裸やなくても十分露出の高い服着てるのに今更ながら気付いては目のやり場に困る。

「髪、先に乾かしィ」
「うんっ」

また洗面所に向かう名前ちゃんの太ももに目がいった。…これはボク、悪くないで。

「何見てたの?」
「…別に、見たいのないし」

ふうん、とリモコンを取ってチャンネルを変え始めた。右手に牛乳の入ったコップを持ちながらボクの隣に腰掛ける。…名前ちゃんの湯上がりのええ匂いがダイレクトに伝わってくる。「名前ちゃん」呼ぶと髪を揺らしてボクのほうを向いた。頭のてっぺんから毛先までするすると指を絡めるとブワッと名前ちゃんの顔が真っ赤になった。

「ええ匂いする」
「しゃしゃシャンプーだろうね!」
「名前ちゃんの匂い」
「…っ、……」

ぎゅうっと目をつむった名前ちゃんにすかさず口付けた。あんま優しく出来んくて少しの後悔。すぐ離れると何故か「足りん」とでも言いたげな表情で見てくる。…な、んやのその顔は。

「あ、翔君」
「…ボクもう帰らんとあかん」
「えっ…」

名前ちゃんの驚いた顔に驚いた。なんで、って。…なんでやの。ボクが聞きたいくらいや。

「翔君…今日泊まらんの?」

その言葉を聞いた瞬間、今朝見た夢が脳裏によぎった。


140326



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