呼んでよ



「おはよう」

次の日のみどうくんとの挨拶はいつもと変わらないものだった。みどうくんの顔を見た瞬間に昨日のキスを思い出してはまた心拍数が上昇する。それと同時にやけに緊張していたことを少し恥ずかしくも思った。正直こんなに早くあたしの願望が叶えられるとは思っていなくて、寧ろみどうくんの方からキスしてきた事に本当に驚いた。今でも昨日のあの場面が脳裏に焼き付いて離れない。驚いたのはあたしだけではなくて、その事を親友に話すと目を丸くしてそれから良かったね、とだけ言われた。その時の私の顔は酷く緩んでいたと思う。

「名前ちゃん」

後ろからみどうくんの優しい声が聞こえた。ハイ!と裏返った声で返事するとそんな大声出さんといて、と言われてしまった。昨日あんな大層な事したのになんでこんなに冷静にいられるんだろう。悲しくなんてないけど、この時ばかりはみどうくんが大人びて見えた。

「傘返したいから今日部活終わるまで待っといてや」
「え、そんな。いつでもいいのに」
「早よ返さな忘れるんよ」

せやから。そう言いくるめられるとあたしは「分かった」と言うしかなかった。最近気付いたことやけど、みどうくんは決して一緒に帰ろう、なんて言わない。待っといてや、とか帰るで、とか遠回しに言ってくる。みどうくんの言葉の副音声に気付いてからはそれが可愛らしくて仕方なかった。
放課後。図書館で時間を潰した後、自転車競技部の部室の前で待つのはなんだか恥ずかしいし邪魔になるだろうと思って、校門の前で待っていた。

「あっみどうく…」

前に恥ずかしいから叫ぶなと言われたのを思い出してすぐやめた。みどうくんがあたしの前に来ると頭をポンポンと撫でられた。

「行こか」
「うん!」

みどうくんは背も足も長いから、歩いていると置いていかれそうになる。待って、と試しに手を掴んでみたら目をまん丸にしてこちらを向かれた。いや?と聞いたら別にぃ、と大して嫌がる様子もなかったのでお言葉に甘えて指を絡めた。骨張ったみどうくんの手が触れる。男の子だなあ。見上げてみどうくんの顔を見ると全然顔を合わせてくれなかった。ふふ、照れてるのかな。

「名前ちゃん」
「なぁに?」

小首を傾げるとピタリと足を止められた。背の高いみどうくんが見下ろしてくる。

「いつまでそうやって呼ぶつもりなん」
「?え、何が?」
「ボクにもちゃあんと名前があるんやけど」

翔いう名前がな。そう言われればそうだ。あたしみどうくんの事を名前で呼んだことない。何て呼べばいいかな。と聞くとなんでもええ。と返ってきた。

「じゃあ…みどうくん」
「あかん」
「えー何でもいいって言ったやん」
「名前や、阿呆」

だって今までずっとみどうくんって呼んできたんだもん。すぐに名前で呼べって言われたって、

「恥ずかしいよ…あき、あきらくん」
「……呼べるやん」

そっぽを向いたみどう…翔君の耳が赤い。照れてるの?と覗き込もうとしたら「見んといて」と拒否された。…あたしも恥ずかしいんだよ。


140320



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テーマ「人外ファンタジー」
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