東堂


「なんと美しい!これはきっと運命だ。」
「ああ王子様、貴方のお名前を教えてくださる?」

はいカットー!と監督役の演劇部のクラスメートが声を張る。どうしてこうなったのかその経緯を説明しよう。もとはと言うと、文化祭の出し物で演劇をしようという提案が出たのが発端だった。候補は有名なネズミの国シリーズがいくつか挙げられたが、多数決で眠れる森の美女に決定された。そして重大な配役だが、王子様を立候補したのは他でもないあいつだった。

「俺が王子役を引き受けよう。」

女子達は熱い視線を向け、周りの男子とあたしは冷たい視線を向ける。当然さながら、王子様はこの東堂に決定したのだ。王子が決まれば保留になっていた姫役の立候補が次々と出てくる。あたしは大して興味もなく机に突っ伏して寝ていると横から東堂が話しかけていた。それすら鬱陶しくてハイハイと適当に話を流していると「そうか!やってくれるか!文化委員長、苗字が姫役をやってくれるようだ。」とおぞましい言葉が耳に入ってきた。

「…っは?うそ、ちょっと待っ」
「王子としても親しい女子が相手だと役に入り込みやすいし大賛成だ。」

誰が王子だよこのデコっぱち…。いや、でも姫役したい人とか他に沢山いるしさ、皆したいよね?なんて他の女子に振ると「ううん、苗字さんよりドレス似合う自信ないからさ…仕方ないよ。」なんてあからさまなお世辞を言われてしまった。何?東堂ファンは控えめ女子が多いの?それで後で裏で悪口叩くの止めてよ?大きく溜息をつくと「よし、決まりだな。」と文化委員長が勝手に決めてしまったあの日から早三週間経った今に至る。

「苗字さーん、もう少し感情込めてよ!棒読みになってるよ。」

そりゃ歯の浮くようなセリフを言われたら棒読みにもなります。はい、と返事をするとそのシーンをもう一度やり直す。本番まであと2日。仕切ってくれている演劇部を中心に周りがピリピリしだす中東堂だけはウザいくらいポジティブだった。演劇のことを考えると、王子は間違いなくこいつで適役だったと思う。
照明のチェックをするようで、全員体育館に移動する。そこで監督は「キスシーンからお願いしまーす」とメガホンで大きな声を張り上げて言った。そう、この演劇にはキスシーンがある。とは言っても本当にするわけではなく、角度によって客席にはギリギリ見えないようにする設定だ。私が台の上に寝転がり、目をつむる。監督のスタートの声とともに東堂が台本どおりのセリフを言いながらあたしに近づいてくる。近づいて、くる。

「はい、そのまま動かないで!」

……近い。キス(のふり)真っ最中の姿勢でのんきに照明をチェックをしている。耐えれず片目を少しだけ開けると、目の前に微笑した東堂がいた。王子様スマイル。役にのめり込んでいるのか、もとからなのか。

「照れるな。」
「…みみ、元で喋るな…っ」

照明なんてこの際真っ暗でいいからもう、早く終わって欲しい。はいオッケーですの一言で、すかさず東堂の顔を払い除けた。明日はいよいよ本番だ。クラスの皆の為に精一杯頑張ると誓った。

本番当日。舞台裏で衣装係の人達が作ってくれたドレスを見に纏う。サイズ感もぴったりだ。着ると衣装係もとても喜んでくれて、ありがとうと何度もお礼を言った。…と、なると王子様の格好をした東堂が…いた。悔しいけどめちゃめちゃサマになっている。こちらにハッと気が付くとそのままフリーズしている。

「よく似合ってますよ、王子様」
「…っああ。当たり前ではないか!」

あー自覚してるのね。そうすると苗字、綺麗だ。と目を細めて言うものだから思わずあっ当たり前じゃん!と見栄を張ってみせた。その30分後に開演。照明が暗いうちにステージへ上がってライトが当たるのを待つ。とんでもない緊張に襲われたが、他のクラスの友達が何人か「名前ー!」と叫んでくれたので幾分か緊張は抑えられた。

「なんと美しい!これはきっと運命だ!」

東堂のセリフに観客席の女子達からも黄色い声援があがる。それから順調に進んで最後のキスシーンへ。ギラギラとライトに照らされる中、東堂が近付いてくる気配がする。ふと、唇に何か当たったような気がした。おいおい、近すぎるぞ東堂。王子様のキスで目覚めたお姫様は立ち上がり、物語はここで終了した。

「いやー大成功だ。観客の反応も良かったな。」

本当、いい演技ができたと思う。監督を始めクラスメートにお礼を言うと、皆「あっああ。」「よよよ良かったよ、苗字さん!」など何ともギクシャクした返事をされた。

「お疲れ様、格好良かったよ王子様。」

最初は驚いた表情を見せたが、すぐに王子様スマイルを浮かべた。
東堂がその日からしばらく上機嫌だった理由は、あの時舞台裏から二人のキスシーンを見ていた者しか知らない。


'140216 pike


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