第4話

私だって、あまり使わないせいで真新しい弁当箱の一つや二つくらい持っているのだ。昨日の反省を活かして、今日は早起きをして弁当を作ってきた。見た目の良さは綾ちゃんのそれに比べればまだまだだけれど味見はしたので不味くはないはずだ。
プレゼン発表を二日後に控えた今日では、やる事が多くて時間もあっという間に過ぎてしまう。一息ついたついでに時計を見るともう針は正午を指していた。誇らしくバッグの中から巾着袋を取り出しデスクの上に置くと、綾ちゃんは「本当に作ってきたんだ」と少々驚きつつも、彼女もまた持っていた巾着袋の中から弁当箱を取り出し始めた。


「…あれ?食堂行かないの?」
「ん?名前も弁当なら行く必要ないじゃん。ここだったら電子レンジもあるし」

私は思わずハッと素早く息を吸った。しまった、完全に盲点だった。女性らしさをアピールしたいがためにわざわざ弁当を作ってきた私にとって、それを事務所で引きこもって食べることにもはや意味はない。鼻歌を歌いながら弁当を温めている綾ちゃんの横で、私は大げさに肩を落とした。

「考えが浅はかだったよ」
「理由はどうであれ、家庭的なことには変わりないよ」
「そうだね…ってもしや私の考えてること筒抜け?」
「うん、全部ね」

綾ちゃんはそう言って楽しそうに笑う。何も隠し事できないねと言うと、彼女は首を横に振って私が分かりやすいからだと言った。

いくらプレゼンに追いやられているからといって、ランチタイムくらいは楽しくおしゃべりだってしたい。綾ちゃんは日頃しっかりしているけど、こういう休憩時にはちゃんと肩の力を抜いて、仕事とは全く関係のない話に付き合ってくれるから好きだ。
今日は昨夜のドラマの話で盛り上がった。同じ番組を見ていても、彼女と私では俳優の好みはきっぱりと分かれてしまう。互いに自分論を目白押すのがまた楽しくて、結局は「そういえば」ときれいな女優さんの話題に逸らし、共有し合うことに落ち着くのだった。

お弁当を食べ終えて、私は一人トイレに向かった。唇に薄く乗せていたリップがすっかり取れてしまっている。小さめのポーチに忍ばせたリップでお色直しすると、トイレから出たところで丁度通りすがろうとしていた辻さんにばったり出会した。彼のほうは気付いていないようだったが、このまま何も声を掛けないのも気が引けて「辻さん」と思い切って呼びかけてみることにした。振り向いて「おお」と軽く口角をあげて返事をしてくれた辻さんは、一見取っ付きにくそうな面構えだが、話してみれば意外に優しい人だ。

「すまんな、今日は石やん一緒ちゃうで」
「えっ…いや、そういうつもりで話し掛けたわけでは、ないです」
「そうなん?なら良かったけど」

初めて石垣さんに話し掛けたあの日、辻さんもその場にいたのだからひょっとして私の事をナンパ女だと認識しているのではないだろうか。是非ともその誤解を解いておきたい。彼の様子を窺うと特に急いでいるようではなかったので、「今お時間いいですか」と一言添えてさっそく本題に移った。私が話している間にもああ、せやなと適度に相槌を打ってくれる。まるで兄と接しているような気分でやけに心が落ち着いた。


「…まぁあの時はびっくりしたけど、別にそんな風には思ってへんで」
「本当ですか!」
「石やんも普通に喋ってたし」

その言葉を聞いて私はふぅと安堵の溜息をついた。それから辻さんは何も言葉を発さず私のほうをじっと見てくるので思わず慌てて弁解した。

「あの…私、石垣さんのこと、そういう風に思っているわけじゃない、です」
「そういう風?」
「…その、恋愛感情とかでは」
「あ、そうなんや」

その反応を見ると、やはりそういう風に解釈していたのだろうか。辻さんの顔をちらりと見上げればニヤけているわけでもなく、驚いた様子もなく、ただ無表情で私に視線を向けていた。

「…石垣さんってモテるんですか?」
「そらな、あれはモテるで」

迷いのない即答、私の予想していた通りだった。もしや入社当初からあらゆる女性社員から注目されていたのだろうか。私の部課にいる先輩たちの中にも、私のように石垣さんに声をかけた人がいたのだろうか。
気になって追求すると、「いや、高校ん時からずっとやなぁ」と私の想像していたものとは全く違う答えが返ってきた。

「高校?一緒だったんですか?」
「せやで。石やんに聞いてへんのか」
「ま…まぁ…言っても、知り合って間もないですし」
「そらそうか」

男の人とマンツーマンで話したのだって、入社してからは辻さんが初めてだ。そこに不満などというのは一切ないのだが、石垣さんに恋愛感情があるわけではないと言い切ってしまった以上、彼に一番に連絡先を聞かなければいけない理由はなくなった。

「あの、辻さん。良ければ連絡先を教えて頂けませんか」
「あ?…おお、ええけど。オレのでええんか」
「…私のさっきの言葉、信じてませんね?」

そう疑ると、彼は正直に「半信半疑や」と答えた。赤外線が使えないのでQRコードを読み取ってもうことにして少し手間がかかった。情報化社会といえどもこの手間すら鬱々しいと感じてしまうのは慣れの恐さというものか。


「石やんのも早う聞けたらええな」

そう言って辻さんはスマートフォンを内ポケットにしまって喫煙所に行ってしまった。…辻さんまであんな事言うなんて、私の周りには何故こうも人の苦労を楽しむ人が多いのだろうか。
何はともあれ同じ部課の先輩の連絡先をゲットできた。いよいよプレゼン発表まで時間がないので、いざという時には辻さんにアドバイスなんか貰えたらいいなと一人企んだのだった。


「…あ、綾ちゃん。連絡先ゲットしたよ」
「え!やるじゃん!良かったね」
「辻さんの」
「何でそうなったのかな?」


141112


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