荒北靖友


「…久しぶりに見たな、お前が酔っ払っているトコ」

腰を下ろして名前に合わせると、今にも泣き出してしまうんじゃないかと思うくらいに瞳が潤っていた。目ェデカ…。大丈夫かよ、と声を掛けると「あらきた」とか細く名前を呼ばれて不覚にも心臓が高鳴った。お前のルックスの良さだけは前々から認めているからヨ、頼むからそんな顔をしないでほしい。

「ぅうっ…きもちわるい」
「は?ちょ、待て待て」
「むり吐く」

口を手で押さえて体を丸める名前を抱えて女子トイレへと連れ込む。…この年になって女子トイレに入るだなんて思ってもみなかったが、この女が床にぶちまけるのだけは何とか避けたかった。どうにか名前を落ち着かせるとさっさと俺だけ外の廊下へ出る。しばらくはここで待機しておくか。

ここまで酒に潰れている名前を見たのは初めてだが、前に一度だけ千鳥足になった名前を家まで連れて帰ったことがある。その後どうこうあったわけではない、というよりできるはずがなかった。


―今から2年ほど前の事だったか。就職がようやく決まってホッと一息ついた頃。俺とは別の大学に通っていた名前が珍しく悩んでいる様子だったので飲みにでも行くかと誘った日のことだった。お酒も進んできたところでそのため息の原因を追求すると、名前はらしくもなく言葉を詰まらせた。

「で、何があったんだヨ」
「…誰にも言わないでくれる?」
「おう」
「あのね、好きな人が、できたの」

口に含もうとしていた枝豆が手を滑らせてどこかへ飛んで行った。あわてて持っていたビールジョッキを勢いよくテーブルに置く。な…まじかよ。まさか、名前の口からそんな事が聞ける日が来るなんて思ってもいなかった。まぁ二十歳にもなれば当たり前だろうが、今までそんな素振りを見せなかった名前が俺だけに恋愛の相談だなんて。頼られる嬉しさと名前の成長に少し寂しくなる気持ちで内心は複雑である。…ったく、親父かよ、俺は。

「なんで俺なワケェ?新開とか福チャンとかいるだろ」

ここで東堂の名を出さない事に名前もさすがだねと笑った。

「…なんとなく?荒北が一番話しやすいかなって」
「…誰だヨ、好きな奴って。俺の知らねぇ奴?」
「ま、まぁそこは別に重要じゃないんだけどね。聞いてくれる?」
「聞くだけならいくらでも聞いてやるヨ」
「ありがと」

次から次へと絶えず切り出される名前の話を、ただ相槌を打ちながらテーブルに肘をついて聞くだけ。そいつの事を話す名前の表情ときたら初めて見るようなカオで、これが恋する女なんだろなァなんて、のん気にそんな事を考えていた。こいつにこんな顔をさせる奴とは一体どんな奴だろうか。話を聞くうちに、俺がよく知っている奴とイメージが被る点が多々あったが、まぁそれは違うかと心の中で留めておいた。


ーその片想いの相手とめでたく結ばれたとの報告を聞いたのは、つい最近の出来事である。その時の名前といったら実に嬉しそうで、良かったなと言えば俺のおかげだと感謝までされた。

…とまぁ過去を振り返っている間に名前本人が女子トイレからフラつきながらどうにか出てきたのを見て、声をかけようとすぐに近寄った。その表情はまだ優れない。仕方がない、最終手段を呼ぶ事にしよう。名前、とその名を呼ぶと小さく二つ返事をした。

「福チャン、呼んでくるからァ。このままここにいろよ」

壁に寄りかかって下を向いたままだった名前が少し顔を上げると、笑顔で「はぁい」とこれまた腑抜けた返事をした。…こいつなら、あの鉄仮面が惚れるのも分かる気がする。


140916



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