新開隼人


塔一郎のことだ、何もやましい事はしていないだろうと思ってはいたが、とりあえず後は俺が面倒を見ようと名前に近寄った。何度呼びかけても反応は薄い。本当に大丈夫か、と心配になるほどだ。

高校を卒業して互いに成人してからは名前とは頻繁に飲みに行く、いわゆる飲み仲間になった。とは言えど誘うのはいつもオレからで、周りから財布の心配をよくされる。その度にオレは決まって首を横に振るのだが。
初めての給料が入った日には見栄を張って、それこそ全額を奢ってやったが、その次からは黙って奢らせてくれる女ではなかった。名前曰く「私と新開はそんな仲ではない」らしい。多分彼女からすると、女としてではなく仲間として扱ってほしいのだろう。まさかあの名前の口から、そんな熱いセリフが飛び出してくるとは思わなかったオレは涙ぐむほど感動し、それから気兼ねなく、財布の心配をすることなく頻繁に名前を飲みに誘うようになった。毎回、会計の前にこっそりと自分の分の代金を渡してくれる名前は、やっぱり出来た女だと思う。



「…オレの前ではそんなに酔っ払った事ないのにな」

頭の中で思い返して見ても、やはり今までで一度も名前がベロベロに酔っ払うところは見た覚えがない。まさか心のどこかでオレを警戒していたのか。いつもオレと二人でいる時や靖友と三人で飲むときは少し顔を赤らめる程度で、ましてや呂律が回らず足腰が立たなくなるまで酔い潰れる事はなかった。

「名前、少し移動するぞ」
「ん」

目は地べたを見つめたまま、甘えるように両手をオレに向ける名前。…名前にこんな事をされたのは初めてだ。脇腹に手を添えて上体を起こさせると、名前の体重が一気にのしかかってきた。何故酔っ払った人間というのはこんなにも重たいのか。どうにか近くの長椅子まで運ぶと、名前がオレの首に手を回したまま離れないので急いでその手を解いた。

「新開、あい、ありがと」
「…おめさんちょっと飲み過ぎだ」
「ごめん」
「何かあったなら真っ先に言えよ」
「ん」

緩んだ顔でお礼を言う名前が思いの外かわいくて、自分をごまかすように少し叱ってみた。すると今度は眉を垂れ下げて泣きそうな顔で謝ってくるから、これはまずいとすぐにフォローを入れるとまたはにかんだ。…こんなに子供っぽかったか?いや、これはこれで悪くないが。いやいや何を考えているんだと自問自答を繰り返しているうちに、また「新開」とオレの名を呼ぶ声が聞こえた。なんだ、と出来るだけ優しく返事をしてやると、そんなに言い難い事なのか、いつまでも膝をすり合わせる名前の仕草に少しキュンとした。…ギャップに弱いのは人間の性だからこれは仕方ない。

「あのね、新開には感謝してる」
「…急にどうした」
「いつも会社の愚痴、とか、聞いてくれるし。ありがとう新開」

いつの間にか右手を掴まれていた。大して力の入らないまま、両手でオレの右手を必死に包みながら、名前の額に押し当てられる。キスをされているわけでもないのに、オレの心臓はとても速く動いていた。

「…何もしてないぞ、オレは。礼を言われるほどの事なんて、別に」

親友だからな、と言い捨てて少々強引にその手を振り払うと、名前がびっくりして見上げてきた。感じの悪いことをした、だけどこれ以上ジッとしてはいられなかった。名前の頭を軽く撫でると、尽八を呼びにその場を後にした。

名前すまない、今ほんの少しの間だけ、女として見てしまった事を許してほしい。名前の脇腹に手を添えたときに微かに当たった柔らかいその感触が、まだじんわりと残っていた。


140820



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