毎年八月の終わりに近所で催される夏祭りが今年も滞りなく開催されるらしい。この行事には中学時代から仲の良いメンツで一緒に行くぞという流れになっていて、今年もそうなる予定だった。しかし、高校三年生となればそれぞれの進路へと歩み出す大事な時期。全員が集まる事は難しく、同じ箱学に通う寿一と名前と三人で祭りに行くことになった。ところが部活を引退してから気が抜けたのか、あの寿一が珍しく夏風邪を引いたらしい。そんなわけで、当日は寿一を除いての結局は名前と二人きりで回ることになってしまったのだった。


「…何だか味気ないな」
「失礼ね!私じゃ不満なの?」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。…そうか、浴衣じゃないのか」
「どうせ期待なんてしてないくせに」
「そんな事はないぞ?」

名前とだけは中学に上がる前、小学生の頃からずっと一緒だった。そんな名前と二人で外出なんて慣れた光景で、オレの褒め言葉も軽くあしらう名前とのこんな他愛のないやり取りなんてもう数え切れないくらいしてきている。だから二人きりのこの状況に今更照れる事もなく、いつも通りのゆったりとした時間が流れた。

「あー!久しぶり!」

そんな流れをぶった切るように惜しげもなくオレの元を離れて、久しぶりに会う友人に駆け寄る名前。ちょっと待て、と呼び止める時にはもう人混みの中へと消えて行って、何ともまぁ簡単に名前とはぐれてしまった。何度か名前を呼んだが返事がない。

「名前のやつ…」

ふと周りを見渡すと前にもこんな事があったなと思い出す。あの時も多分、オレが今立っているこの横断歩道の辺り。チカチカと点滅して赤に変わる信号と共に見失った名前を汗だくになって探し回ったっけ。でも結局あの時は、名前はそんなに離れていない距離にあった石階段に座りこんでいて、他の友人と一緒に楽しくおしゃべりしていた。のんきに「あ、隼人」なんてオレを手招きする様子に本気で怒って、その時に初めて名前と大喧嘩をした。


そんな情景が今でも鮮明に蘇ってきて思わず笑みがこぼれる。…懐かしいな。今もきっと、さっきの友人と楽しくお喋りをしているのだろうか。もしそうだったら仕方ない。この数年間で大人の余裕を培ってきたオレは、もう怒鳴ることがないようにと幾分か自分を抑えることができていた。


「は、隼人っ!」
「…名前」

オレを呼ぶ声に振り向こうと首を後ろにやると、腰あたりにズシリと体重が乗っかってきた。名前に後ろから抱き付かれて背中に顔を押し付けられる。

「名前、どうし…」
「また隼人と喧嘩になっちゃうと思って、急いで探したの」

今にも泣き出しそうな名前の声に戸惑いを隠せず、悪い、となぜかオレのほうが謝ってしまった。下腹のあたりに回された手をゆっくりと解いて正面から名前の顔を見ると泣いてはいないようで安心した。

「あの時のこと、覚えていたんだな」
「もちろん。あの時の隼人、すっごく恐かったから」
「…あの時の名前はすごくむかついたなぁ」
「も、申し訳ありません」
「ハハ!冗談だ」

腹を抱えて笑うと肩に軽いパンチが飛んできた。もう、と頬を膨らます名前の頭を撫でると恥ずかしそうに目を逸らすのを見て、オレまで気恥ずかしくなりすぐに手を離す。このただならぬ雰囲気を変えようと「腹減ったな」と焼き鳥か何かの買い食いを提案して足を一歩踏み出すと、服の裾をくいっと引っ張って引きとめられた。

「どうした?」
「…はや、隼人」
「ん、何だ」

何を言おうとしているんだろうとその俯いた顔を覗き込むと、心臓がどきりと跳ねた。顔を真っ赤にしてオレと目を合わせまいと必死に逸らす名前につい期待をしてしまう。なぜそんな顔をするのか。緊張しているのがこっちまで伝わってきて、互いの鼓動が聞こえてしまいそうだった。オレだけにそんな顔を見せるなんてずるい奴。


「…名前、好きだ」

今言わなければ後悔する、そう確信すると思った事をそのまま口にしていた。俯いていた顔を上げようとする名前を阻止するように、名前の頭の上に顎をのせる。

「ちょ、ちょっと隼人?」
「…今はダメ」
「何で、顔見せてよ」
「ダメだって。酷い顔してるから」

少しの間が開くと名前が顎に頭突きをかましてきた。驚きと痛さで悶えていると、今だに顔を赤くして立ち尽くす名前が自身の両頬を手で隠しながら「私も酷い顔してると思う」と呟いた。二人して顔を赤くして突っ立っている光景は、傍から見るときっと奇妙なものだと思う。それでもこの火照った体の熱は引かずにむしろ全身が熱くなっていく。早く、早く返事が欲しい。


「私、もずっと好きだった」
「いつから?」
「…中学卒業してから」
「オレのほうが先だな。オレは中学生の時から」
「えっうそ!」
「本当。寿一も知ってるぞ」

平静を装おうとしても口元が緩んでどうしようもない。ああ、オレ達は互いに今のこの関係が崩れることが恐くて、まだ始まってもいない恋を諦めていたのか。嬉しくて、でもどこか安心しきっていて、緩む口を軽く閉じては名前の額に口付けた。まだ唇にキスをするのは気が引けたオレにとっての今の精一杯。さらに頬が色づいていく名前に「オレと付き合ってくれるか」と問うと大きく頷いてくれた。


「来年は浴衣、着てこいよ」


140905
めにこさん



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