スマートフォンで調べた天気予報では、曇りのち晴れだったのに。当然折りたたみの傘すら持ち合わせていなかった私は、小さい頃からずっとおばあちゃんが一人でやっている駄菓子屋さんの庇の下へ駆け込んで、このバケツをひっくり返したような酷い雨が止むまで雨宿りをすることにした。 濡れた二の腕をハンカチで拭きながら、駄菓子屋の前にある公園の時計台に目をやると午後五時を過ぎた頃だった。早く家に帰って、この汗と雨でべとついた体をどうにかしたい。小さくため息をつくと、私の隣にある自販機のその奥からクシュッと遠慮がちのくしゃみが聞こえてきた。男の人だろうか、雨でよく聞こえなかった為に気になって自販機の向こうを覗いてみると、駄菓子屋の茶色っぽい外装とは似つかない明るい緑色をした長髪に目を奪われた。
男のほうもすぐに私の視線に気付いて、ばっちりと目が合った私達は互いに会釈した。確か彼は隣のクラスの…巻島君。高校生の制服が全くと言っていいほど似合ってない、その細身の体型と玉虫のような色の長髪をしていては、たとえ会話を交わしたことがなくてもその存在感は私の中で十分に濃かった。 巻島君もきっと、隣のクラスの私の存在を知っているには知っているのだろう。はっきりと目が合ったからには無視をするのも感じが悪いと思い、ただ会釈をしてそれからどちらからも話し掛けることはなかった。
しばらく無言が続き、雨は変わらず酷いまま。もう一度巻島君のほうを見てみると大きく欠伸をしていた。その手には傘を持っている。
「傘、持ってるじゃん」
自分でもそんなに大きな声を出すつもりはなかったけれど、このうるさい雨の中では仕方なかった。素直に思ったことがつい口に出てしまって自分でも驚いたが、巻島君も唐突に話しかけられて驚いている。
「この雨じゃ傘差しても濡れるッショ」 「うん…それもそうだね」 「あんたは確か、苗字さんだよな」 「知ってくれてたんだ。巻島君だよね」 「まぁ隣のクラスだし、たまに見掛けるからな」
やはり私の思い違いではなかったみたいだ。ついでにずっと気になっていたその髪の毛について根掘り葉掘り聞いてみると、意外にもすんなりと答えてくれた。たまにぎこちなく笑うところだったり、目をなかなか合わせてくれないところを見ると結構な人見知りのようだ。何だか悪いことをしたかなぁと次第に話題を振るのを控えると、今度は巻島君のほうから話し掛けてくれた。
「あー、傘、持ってないんだな」 「うん。天気予報じゃ雨なんて言ってなかったしね」 「イヤイヤ、言ってたッショ」 「本当?あ、もしかしてテレビのほう?」
テレビ以外何があるんだよ、と聞かれたからスマートフォンだよと答えると納得していた。今度からはテレビの予報を信じよう。でもよく毎朝見る時間あるね、と聞くとどうやらおはようテレビの天気予報アナウンサーが好みとのこと。単なる偏見だけど、そういうのは全く興味がないと思っていたからその意外性に驚いた。中身はやっぱり高校生というところか。
「だいぶ小雨になってきたね」 「…傘、貸してやるよ」 「え。いいよいいよ!巻島君濡れちゃうよ」 「止むまで待つショ」 「尚更だめだって」
私が話し掛けたせいで変な気を遣わせてしまった。本当気にしなくていいから、と止めを刺すと巻島君が何やら考え込んで急にそわそわし始めた。
「と、途中まで入ってくか」
バサッと少し大きめのジャンプ傘を広げると頬をかいて照れくさそうに言った。でも巻島君が濡れちゃうよと返すと「このまま置いて行くのは気が引けるッショ」と彼なりに配慮してくれたようだった。何度も好意を断るのは私も避けたかったので、その言葉に甘えて二人では少し狭い傘の中にお邪魔した。
「巻島君ってもっと話しにくい人だと思ってた」 「…あながち間違ってはないッショ」 「あはは!人見知りだもんね」 「苗字さんは真逆だな」 「そんな事ないよ、巻島君だからだよ」
すぐ斜め上にある巻島君の目を見てそう言うと、巻島君も自然に笑ってくれた。私を認めてくれたようで何だか嬉しい。T字路に差し掛かったところで「傘入れてくれてありがとう」と自ら距離をとる。また明日ね、と言うと巻島君も照れながらも「またな」と返してくれた。彼の奇抜な髪が揺れるのをしばらく見送って、私も真反対に歩き出す。心がじんわりと温かいのはきっと湿気のせいだけじゃないはず。ふと手の平を空に向けると雨はすっかり上がっていた。
140828 蜜豆さんへ
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