「偵察に行きましょう御堂筋先輩」と小鞠に騙されて連れて来られたのは千葉に位置するとある遊園地。新幹線から降りて移動するうちに何かがおかしいと感じてはいたが、上手いこと言いくるめられて結局は入り口に着くまで気づかんやった。待てや、男二人で遊園地とかキモすぎるやろ。小鞠が手を洗い…コイツの場合は多分ほんまに手を洗いに行った隙にさっさと京都に帰ろうと来た道を引き返している時だった。
ぺちっと何かがボクの脚に当たった感触がした。なんやろ、前にもこんな事があったような気がする。それともデジャヴやろかとゆっくりと脚元に目を落とすと、いつの日かボクが少しだけ連れ回した、あの人懐こい女の子の小さい手がボクの脚を掴んでいた。「あ」「あ」と互いに発した声が重なれば、その子は大きい黒目を輝かせて、勢いよく腰元に飛びついてきた。心なしかあの頃より少し重たくなった気がする。
「あきら!」 「…キミィ、また迷子なったん」 「ううん、おにいちゃんが、まいご」
取れるで、と言うほどに首を力いっぱい横に降った。迷子なんは多分キミのほうやないやろか。しゃがんで目線を合わせるとにっこりと笑ってボクの手を握る。水分をよく含んだその手を何度か触って堪能すると「一緒に行こう」とそのまま引っ張られた。 そんなわけで、先ほど小鞠に渡されていたボクの分の遊園地のチケットを使って、この子…名前と一緒に園内に潜り込んだ。
名前より随分と身長の高いボクからすれば、この子の目線の先は手に取るように把握できる。通り過ぎようとしているアイスからずっと目を離さんのを見てボクは足を止めた。
「アイスたべたいん」 「えっ!…うん!」 「買うたるわ」
そう言うと喜んで売店に駆け寄る名前。冷んやりとしたアイスストッカーに両手をついて、どれにしようかと目を迷わせる名前の頭に手を置いた。
「あれがいい!」 「どれや」 「よめない。コレ、きいろのやつ」 「……なら、それ一つ」
店員が笑顔で「ブーさんのとろとろハチミツアイスですね」と何とも恥ずかしい商品名を復唱した。言えるかそんなん。店員から受け取ったアイスを、しゃがんで名前に手渡すと落とさないように大事に両手でそれを持つ。口の周りにたくさん付けて頬張る名前はとても幸せそうで可愛らしくて、その様子を飽きることなくずうっと見ていた。
「あきら!アレのりたい」
次に指差した先は、長く続くレールの上を動いている乗り物。どうやら自分で漕いで動かすらしく、見ると知らん親子がゆっくりと、ゴールする頃には日が暮れてしまいそうな速度で漕いでいた。
「あれなら任せや」 「あきらもお兄ちゃんと、いっしょだもんね!」 「…サカミチより速いで」
名前の頭に手を乗せるととても嬉しそうにしていた。アトラクションに乗りこむと、子どもでも安全に乗れるようにシートベルトを着用する。「くるしい」と文句を垂れる名前に我慢しい、とその細くてさらさらした髪の毛を撫でてやった。
初めはゆっくり漕ぎながら、それを穏やかに楽しむ名前の様子を眺めていたが、次第に足を速く動かすとそれに連れてこの子の瞳も一層キラキラと輝き始めた。
「はやい!あきら、はやいね!」 「すごいやろ」 「うん!」
太陽の下で少し重めのペダルを回していればさすがに額に汗がにじんだ。これは意外といいトレーニングになるんやないやろか。隣でちょこんと座っているだけの名前が涼しい顔をしているのを見て、座っているだけで羨ましいわと言うと「名前もこいでるよ」、とよく見れば小さい足を細かく動かしていた。密かに微笑ましく思っていると今度はその足が急に止まるから、何やと思い名前の目線の先を追った。
「どうかしたん」 「ずっとこっちみてくるよ、あのおにいちゃん」 「……名前、ちゃあんと捕まっときや」
名前の返事を聞かないまま、ケイデンスを急激に上げた。次いで後ろにおる奴も食らいついてくる。…小鞠や。ほんの一瞬だけ後ろに目をやると、奴の口元が「見つけましたよ」と発音しているように見えた。なんやアイツ恐いわ。ボクの気持ちも知らんと、名前は相変わらず隣で「はやいはやい」とはしゃいでいた。
「あきらだいじょうぶ?」 「平気、や」
アトラクションから降りて近くの建物に隠れると、ようやく撒くことができた。ぽたぽた流れてくる汗を拭いながら、壁に腰を預けて乱れた息を整えていると、心配そうに名前が顔を覗きこんでくる。もう一層の事このまま家に持って帰りたい。今日は口うるさい石垣くんもおらんからいけるやろか。そんな事を考えているうちに、日がやっと落ちてきた事に気付いた。時計台に目をやると短針はもう午後六時を指している。さすがに今日のところは、この子を返すことにしよう。
「名前、そろそろサカミチ探そか」 「いや」
同じ位置に目線を持っていって言い聞かせると、意外にも首を大きく横に振った。…せやからな、首取れるて。
「…何でや」 「あきらといる」
ボクの懐に飛び込んできて擦り寄ってくる。抱っこ、とねだられてはもう仕方ない。置いて帰るのも何やし持って帰るかと名前を抱えたちょうどその時やった。
「ここにいたんですか、御堂筋先輩」 「…小鞠ィ」
足音もなく突然目の前に現れたのは、小鞠とそれから小野田坂道。サカミチは「名前!」と叫んでボクぅの抱えている名前のほうに寄ってきた。
「御堂筋くん…あ、ありがとう!名前と遊んでくれてたんだよね」 「別ぅに。たまたまや」 「ほら、名前帰ろう」
坂道がそう言って名前に向かって両手を広げると、名前はボクに抱きつき顔を埋めて嫌だ、と駄々をこねた。
「名前、また来たるわ」 「…ほんと?」 「約束や。そんときはまたアイス買うたる」
ようやく顔を上げた名前の頬を人差し指で撫でた。わかった!と笑顔を取り戻した名前の名前をもう一度呼ぶと、その小さいおでこにキスをした。
「約束やで」 「…うん!」
抱えていた名前を地面に下ろすと坂道と仲良く手を繋いで、ボクが見えなくなるまで笑顔で手を振って帰っていった。
「…御堂筋先輩ってもしかして」 「帰るで小鞠。待たせたなぁ」
何を言いかけたのかは知らないが、小鞠の言葉を遮って歩き出すと、「あっその前に手を洗ってきます」とのん気に便所に向かう奴の背中を見て盛大なため息をついた。
140822 紗千さんへ
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