「なぁ、翔。暑い」
「…勝手に人ん家押し掛けてきてよう言うわ」
「だって夏休みって暇やん」
「ボクは暇ちゃうんやけど」
「さっきからぼうっとDVD見てるだけなのに?」

そう言うと殺気立った目つきで睨まれた。恐い恐い。高校二年生の夏休みもいよいよ後半に差し掛かった頃。課題は初めのうちに全部やってしまう派の私はこの上なく暇を持て余していた。そこで幼なじみの翔に連絡を取ってみると、ちょうど彼も家で暇しているというわけで(たまたま部活が休みやっただけやと口うるさく言っているが)とりあえず家行くわ、とメールを返信してからの行動は早かった。

久屋のおばさんにちゃんと挨拶をして翔の部屋に行くと、テレビの前で体育座りをして何やら鑑賞していたようだった。何見てるの?と聞くと私のほうに一度も目を向けずに「ツールドフランスや、去年の」と答えそのまま瞬きもせずにじっと画面を見つめていた。ああ、ロードね。よいしょと翔の隣に腰掛けると、それに合わせて私と距離をとるように翔が少し奥にお尻をずらした。…その動作がなんだか気に食わない。そのまましばらく一緒に鑑賞していたけれど、あいにく私はロードの選手ではないし、知らない選手ばかりのレースにはあまり興味が持てなかった。翔の出るレースなら別だけれど。次第に飽きてきた私は、テレビの画面を遮るように翔の顔をのぞき込んだ。

「っ邪魔や!何考えてるん」
「だって暇やもん」

そう少し口を尖らせると、ハアァと大きくため息をつかれた。リモコンに手を伸ばして電源を切る。相手をしてくれるのかな、腰を上げて部屋をうろつく翔を目で追うと何やら今度は雑誌を片手に持って、さっきよりも私と距離を置いて胡座をかいた。期待をまんまと裏切られた私は、不機嫌な顔をしながら這って翔に近寄る。腰元から舐めるように見ると首元には汗が滲んで、長い襟足は少し濡れていた。
そんな様子を見るまですっかり忘れていた。確かにこの部屋は暑い。カラカラと使い古した扇風機が回っていても生暖かい風を受けるだけで、背中の汗はずっと引かぬままだ。全身真っ黒の部屋着を纏った翔は見るからに暑そうだ。生地は薄そうな服からのぞく長い手脚にゴクリと生唾を飲む。全く、いつの間にこんなに大きくなったんだろう。暑さのせいか、翔をあらためて異性として眺めてみると段々どきどきしてきた。あれ、こんなに肩幅広かったっけ。鎖骨も喉仏もめちゃ出てるし、なんだか色っぽい。…ちょっとふざけてみようかな。畳に手をついてお留守になっているその右手に自分の左手を重ねてみた。長くて角張った指を撫でると、翔が雑誌から目を逸らさないまま私の指に自分のそれを絡ませてきた。
翔の指を私の口元まで持ってきて躊躇わずに咥えた。少しだけ塩っぱい。私は一体何をしているんだろうと呆れながらも、ただゆっくりとその長い指を口に含み舌を這わせた。

ほんの一瞬、ちらりと翔に目を向けたその時にはもう遅かった。両頬を大きな手で包み込まれ、荒々しくキスをされていた。翔との初めてのキス。そのまま夢中になって互いの舌を絡ませた。長い舌が口内をかき混ぜて息苦しい。次に息継ぎをした時は畳の上に組み敷かれていた。

「…翔、暑い」
「ボクぅやって暑いわ」

じっとりと翔に見下ろされる。先ほどの勢いはなく、私の様子を伺っているようだった。そんな翔を煽るように笑ってみせると、今度は翔から私の手に自分のを重ねてきた。余裕ぶった表情とは裏腹に、私は内心すごく緊張していた。この状況はどう受け止めればいいものか。

「ムラムラした?」
「名前のほうが先にしたんやろ」
「…まぁ、ね。でも私達、恋人やないよ。どうする?」
「キミィは好きでもない奴の部屋に転がりこんだり欲情したりするん」
「っな…!」

それはまるで私が翔の事を好きだと知っていたかのような口の聞き方。え、なんで、と狼狽えていると翔が意地の悪い笑みを浮かべて私の唇をゆっくりと舐めた。


「好きやで」


翔ってこんなに優しいキスをするんだと思った。そのくらい甘くて深いキスが降ってくる。私の膝の間に脚を滑り込ませて太ももを膝で撫でる。気持ちが良くて、幸せで、もう自分の心臓の音しか聞こえなかった。翔からの告白にちゃんと返事が出来たのはそれから数十分と経った頃で、すっかり息も上がり全身に汗をかいた後だった。


140821
豆さん



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