うちのスーパールーキー兼京伏のエースである御堂筋が、毎日のように練習量が足りないと嘆いていたのは知っていた。そんな彼を見兼ねて私は、寝る間も惜しんで練習をするならば合宿をするしかないのでは、と冗談半分、本気半分で提案をしてみたのだ。まぁ、どうせ今回も阿呆呼ばわりされて嫌味を言われて散々に罵倒されるのだろうと思っていたところに、小さく「…ほやな」と賛同してきたのには思わず二度ほど聞き返した。
とは言っても合宿先の手配をする役目はマネージャーの私である。インターハイ間近であるこの時期は宿泊の予約がどこも埋まっていて中々困難だったけれども、ようやく一件おさえることができた。そんなわけで、私達は京都のとある自然施設に強化合宿に来ているのだった。
「しかし御堂筋が合宿の話にのってくれるなんて思わんかったわ」
山道のタイムアタックを終えた御堂筋に、タオルとドリンクの入った新しいボトルを手渡しに近寄る。すると意外にも丁寧に受け取り 豪快に水分を補給すると目だけ私のほうを見てその小生意気な口を開いた。
「…くん付けろや苗字さん。ボクかて人の意見を聞く事もあるで」 「ねぇ御堂筋、私の事を先輩と思った事ある?」
すると彼は一瞬考えるふりをしてすぐ、無いなと答えた。今の間は絶対に考えていない。まぁ彼は私にだけじゃなく石垣さんやノブくんに対してもこうだから、少し慣れてきた部分もあるけれど。
金土日をふんだんに使って二泊三日の合宿。インターハイ全日には及ばないが、昨日御堂筋に見せてもらったメニューは中々にハードだった。今でもそう、急に立ち止まる事でぼたぼたと汗が噴き出している御堂筋の表情さえ少し強張っていた。彼の強さは口だけではない。こうやって、ちゃんと努力も重ねている結果だ。
「…何が可笑しいん」 「え、うそ。私笑ってた?」 「キモい顔しとったで。もとからやけど……、痛い」 「一言も二言も多いねん」
苛立ちをぶつけるように、その大きな背中を思いっきり叩いてやった。顔だけ後ろを向いて私を睨んでくる御堂筋を素知らぬフリをする。 タイムアタックが終わり部員も皆肩で息をしながらゴール地点に集まっていると、休む間もなく次のメニューに移った。
一日目の練習が終わり皆シャワーを浴びていつもより多めの夕食をとる。それが終わると後は寝るだけなんだけど、暇と元気を持て余した私は皆のいる大部屋を覗きに行った。
「…ふふ、寝てるわ」
てっきり皆して騒いでいるかと思いきや、時刻はまだ22時を指しているというのに部屋の明かりを消してもうスヤスヤと眠っていた。一日目の疲れがどっときたのだろう。おやすみなさい、と呟いて静かに襖を閉めようとすると、ふと一人の男の姿がないことに気付いて私は探すことにした。
「…館長さんに怒られるで」
ロビーに行くと明かりが付いていて、そこにはソファに膝を抱えて座り、大きなテレビで何やら鑑賞している御堂筋の姿があった。私は気付かれないように彼の背後に近付いて唐突に耳元で声を掛けると、少しいやかなり肩をビクつかせて「ピギ!」と叫ばれた。この男は意外にもビビりやからね。
「おど、脅かすなや」 「消灯時間は過ぎたんやから、テレビ付けてたら館長さんに怒られるで?」 「…もうじき終わる」
崩れた脚をまた揃えて体育座りする御堂筋の横に私も腰掛けた。見ていたのは去年のインターハイのレースと今年の予選の録画。確か前にもこの録画を見ていたから、きっと何回も何十回も繰り返し見ては分析しているんだろう。
「…寝ないの」 「これ見たら寝るで」 「そう」
それから御堂筋の邪魔にならないようにしばらく無言になる。少しだけならと思いきって彼の右肩に頭を預けると、微動だにせずそのままテレビに意識を向けているようやった。
「ねぇ、私達が付き合っていること知ったら、皆驚くかなぁ」 「…知らんわ」 「早く言いたいなぁ」 「別に言わんでええやろ」
きゃー冷たい、と茶化してみるとうるさいと怒られた。それでも私は早く公言したいのだ。このままずっと秘密にしておくには無理があるし、何かと要らぬ気力を使うから。 でもでも、と駄々をこねてみるといつの間にか御堂筋の顔が近付いてきて、なぜか優しくキスをされた。予想外の行動に驚いて黙りこむ私。
「ええ子やから、大人しくしとき」
そう言われては、私は一言も発さずに深く頷いた。ロードレースを分析中の御堂筋の集中力を削いでしまったと気付いて反省する。それでもあんな黙らせ方をするなんてずるい。表面上では大人しくしていたが、内心はドキドキしてとても穏やかではなかった。
それから御堂筋がこのビデオを見終わるまで隣で大人しく待っていることにした。何度かあくびを噛み殺したのは覚えているが、そのまま眠っていた事に気付いたのは翌朝の5時頃。慌てて飛び起きると御堂筋も私の横で眠っていたらしく、私の声に気付いてはファ、と声を出していた。私が先に御堂筋にくっ付いて寝てしまったから、動こうに動けなくなったのだろうか。本当にごめんと謝ると「別ぅに」と目を逸らした。
「でも誰にも見つからなくて良かったね」 「…早よう言いたいんとちゃうん」 「そうだけど、やっぱりまだいいや」
まだ眠そうな目を擦りながら、御堂筋は大部屋へと戻っていった。 まさか夜中トイレに起きた石垣さんが、私達が寄り添ってソファで寝ているのを目撃したなんて、知るわけもない。
140817 月狐さんへ
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