電車の中はいつもの通学時以上に人、人の数。着慣れない浴衣でおどおどしているとやんわり光太郎が手を引いてくれた。冷房は効いているはずなのに満員と浴衣のせいで暑苦しい。それに加えて光太郎とこんなに密着していては身体が顔が熱くて仕方なかった。俯いて一人勝手にどきどきしていると、上から大好きな声が降ってきた。
「浴衣、可愛いで」
その言葉に顔を上げると、後光が差すほどの笑顔が間近にあった。嬉しい。なんせその言葉が欲しいが為に浴衣を着て来たようなものだ。ありがとう、と微笑むと光太郎も少し照れ笑いを浮かべた。
電車に揺れること15分。目的の駅に着けば少し遠くで的屋の照明がちらほらと見えていた。
「光太郎!りんご飴食べたい」 「ええよ、買い行こか」
私の頭に軽く置いたその手を下ろして再度繋ぐ。指を絡めると光太郎も自然に握り返してくれて、握った私の手をまじまじと見ては名前の手はほんま小さいなぁと呟いていた。そうかな、人並みだと思うけど。それに比べて光太郎の手はごつごつしている。まさに頑張っている人の手。その手で撫でられるのが大好きで、「撫でて」と甘えては光太郎の手間をかけさせることがしばしばある。それでも嫌な顔一つせず、むしろ喜んで「おいで」と言ってくれる光太郎の包容力には毎度心を掴まれて、私はそれに甘えての無限ループである。
「光太郎はあまり私に甘えないよね」 「なんや、甘えてほしいんか?」 「…たまにはね。いつも私が甘えてばかりだし」 「うーん…俺は甘えるより甘えられるほうが好きやからなぁ」
なんか、可愛いやん。守りたくなると言うか、愛でたくなると言うか。女の子の特権やと思うねん。 そう恥ずかしげもなく言ってのける彼は超のつく程の天然だと思うが、そうは分かっていても私は恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤にさせた。
「名前は照れ屋やなぁ」 「光太郎のせいだよ!」 「えっ!なんでや」
なんで俺のせいなん、と急に慌てる光太郎がおかしくてつい笑ってしまった。 お目当ての屋台につくと、持っていた巾着から小銭入れを取り出す。少々もたついている間に光太郎が手早く財布から千円札を出した。
「りんご飴といちご飴、一つずつください」
小銭入れから100円玉を三枚取り出そうとすると、これは俺の奢りや、しまっとき。とりんご飴を手渡された。
「あ、ありがとう!」 「どういたしまして」 「ちなみに今のは甘えてないからね?」 「分かってる。俺が甘やかしたんや」
歯を見せて笑う光太郎。いただきます、と言葉を添えて真っ赤に膨らむ大きな飴にかじりついた。少し食べ辛いけれどもこの食感と甘い味が好きだ。「名前は美味しそうに食べるよな」と気付けば大きく口を開けて食べる顔を見られていた。…恥ずかしい。光太郎もりんご味が食べたくなったのかと思って一口いるかと聞くと「あ、そういう意味やなくてやな」と苦笑された。
露店は神社の近くまで続いていた。せっかくやしお参りするか、と提案してきた光太郎に賛同して行列の最後尾に並ぶことにした。結構な数が列を成していたのに、光太郎と話しているとあっという間に順番が回ってくる。お賽銭を入れて礼拝すると、光太郎は随分と長い事目を瞑り礼をしたまま静止していた。ようやく終わったかと思うと、少しキョロキョロして横で待っていた私を見つけると、後頭部に手をあてたまま「待たせてすまんな」と謝ってきた。神様にたくさんお祈りしてきたのかな。そんな光太郎を当然責めることなく笑顔で首を振って許すと、彼が次にイカ焼きを食べたいと言ってきた。
「なら私は飲み物買ってくるわ。あっこの石段に座って食べよう」 「ああ、ありがとうな。ほな」
いちいち引っ付いて行動するには少し時間を要するので、ここは一旦離れることにする。私はすぐ近くに見えた自販機でお茶を買うとついでに大きなたこ焼きに惹かれて4つ入りを買ってしまった。ほかほかのたこ焼きと少し水滴の出てきたペットボトルのお茶を持って先ほどの石段へ戻ると、光太郎はすでにイカ焼きに食らいついていた。
「食べにくそうやね」 「ちょっとな、でも美味い」 「はい、お茶」 「おお!おおきに」
なんだかまるで夜のピクニックをしている気分。食べ終わってからも他愛のない会話を楽しんだ。周りからよく熟年夫婦なんてからかわれるが、今ならなんとなく納得できる。こういう落ち着いた雰囲気のことを言っているんだろう。穏やかな気持ちでいると光太郎が急に「なあ、名前」と空を見上げたまま名前を呼んできた。月が綺麗ですね、とでも言ってくれるんだろうか。
「俺に甘えられたいんやろ?」 「えっ…う、うん。まあ」 「…キスしてや」
どきりと心臓が跳ねた。そりゃ長いこと付き合っているんだ、キスをすることくらいある。だけれど考えてみれば私からする事なす事はなくて、いつも私が甘えて光太郎からキスをする、このパターンのみだった。戸惑った私はでもえっと、としどろもどろに言葉を詰まらせた。
「甘えさせてくれへんのか?」 「いや、そういうわけやないんやけど」 「たまには名前からして欲しいなぁ」
…ここまで言われてはしなければいけない。大丈夫、そんなに照れることはない。心を決めて光太郎の目の前に立ち上がると、いつもなら動いてくるのに今は笑顔で微動だにしない彼に私はまた少し戸惑った。
「…いくで」 「ん、来てや」
じりじりと歩み寄る私。ほんの何秒か見つめ合うと光太郎が「今めちゃめちゃ恐い顔してるで」と笑ってきた。それからまた数秒、痺れを切らした光太郎が口を開く。
「仕方ないなあ」
右頬に手をあてて優しくキスをされると、次に頭を撫でてくれた。やっぱり甘えられるほうがええわ、と微笑む光太郎にどきどきしたのはこれも仕方がない。それから手を繋いで帰っていると「次までの宿題な」と頭を撫でられて私は目を細めた。
140814 ともえさんへ
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