※勝手ながら「鳴子とアイスを買いに行く」の続編にしてみました。


高校三年生になって夏の課外授業が始まった。どこの部活も次々と引退して、受験に向かって必死になって勉強する頃。学生の三年間は実に濃い。ついこの間入学したかと思えばもう大学受験を意識しないといけない。

この暑い中、冷房28℃に設定された教室に押し込まれてひたすら模試を解かされるなんて気が滅入りそうになるものだが、今日の私の頭の中は他のことでいっぱいだった。

お昼の休憩に入ると、私は高鳴る胸を押さえながら屋上に設備されたプールにこっそりと忍び込んだ。水泳部が毎日整備しているだけあってキレイに保たれており、水面は静かに揺れていた。上靴と靴下を脱いで足を着水させると、ひんやりとして少しだけ気持ちが和らいだ。それでも落ち着かない心をごまかすように、バシャバシャと水を蹴り上げてある人物が来るのを待つ。私は今日、二年間温めてきた想いを一人の男に打ち明けることを決めていた。どうやって切り出そうか、何と言って伝えようか。大事な告白の言葉すら決めていなかった私の心臓はもうすでに煩かった。


「なんや、こんなとこに呼び出して」
「ひっ…な、鳴子…」

プールを眺めていたはずなのに、視界いっぱいに広がるのは逆さまになった鳴子の顔。私が驚くとあの独特な声を出して笑った。お尻をずらして後ろを向くと、鳴子は堂々と腕を組んで仁王立ちしていた。

「一人で水遊びなんて寂しいやっちゃなー」
「うるっうるさいな!」
「噛み噛みやんけ」

鳴子はそそくさと学生ズボンの裾を膝まで捲りあげて上靴と靴下を乱暴に脱ぎ捨てると、私が腰を下ろしていたすぐ隣に並ぶようにして座り込んで素足をプールに突っ込んだ。あー気持ちエエな、なんてのん気に空を仰いでいる鳴子には、まだ私の緊張は一ミリも伝わっていない。

「模試ばっかで嫌になるよね」
「ホンマやで。さっき船こいでたら現国の先生に叩き起されたわ」
「うわー…あの先生の前で寝れるあんたがスゴイよ」

何てことない、いつも通りの会話のやりとり。でも少し違うのは、鳴子の目がまともに見られない事。鳴子は話すたびにチラチラと私のほうを見てくれているのがわかるけれど、どうしても今日は直視できなかった。今日の今日まで隣のこいつを見てきたのに、これから想いを伝えるとなると照れくさくて仕方ない。

「…で、話ってなんやねん」
「っえ」
「まさかこんなしょーもない話するためにワイの貴重な昼休み、取ったんちゃうやろな?」
「ち、ちがうよ」
「なら何や」

黙り込むと、鳴子も一緒に黙り込んだ。こういう時こそ大声で騒いでくれたら緊張もほぐれるのに。あのね、と言葉を紡ぐと「おう」と相槌を打ってただじっと私を見ていてくれた。

「今まで鳴子はロード一筋だったし、私もマネージャー頑張ってきたつもりなんだよね」
「まぁオマエにしてはようやったっちゅー感じやな」
「ふふ。…私、鳴子と二年とちょっとの付き合いだけどさ、今まで秘密にしてたことがあるんだよね」
「な、なんや?」

まだ鳴子の顔を見られない。ごくりと生唾を飲み込んで、汗でしっとりした手をプールの水に潜らせた。その間鳴子は黙って私の言葉を待っている。

「鳴子が部活を引退して、私もマネージャーの仕事を終えるまで、ずうっと言うの我慢してきたんだ」

濡れた手を軽く振って水気を払った。次の言葉はちゃんと鳴子の目を見て伝えようと、勇気を振り絞って顔を横に向ける。大事な大事な言葉を声に出そうとして、やっと見た鳴子の顔は真っ赤に茹で上がっていた。

「…え?」
「いや、苗字がえらい恥ずかしい事言うから、やな…」
「…今からもっと恥ずかしい事言うよ」
「あ、アカン!ちょっと待て!」

ガッと勢いよく私の両肩を持って迫ってくる。その鳴子の顔といったら真っ赤で、私も思わぬ至近距離に顔が熱くなった。…きっと、私が何を言おうとしているのかがバレてしまったのだろうか。目の前の派手な赤髪の男はあーだのうーだの珍しくはっきりしない言葉を呟いていた。

「オマエ…まさかそんな大事なことを言うためにワイを呼び出したんか?」
「ま、まだ言ってないけど…そうだよ」

そう言うとハァと大きな息を吐いて、私から目を逸らしたまま話し始めた。

「ワイも苗字にずっと言おうと思ってたことがある」
「そ、そうなんだ」
「…これ、ワイの自惚れやったらホンマに恥ずかしいな」
「そんな言い方したら、私も自惚れちゃうよ」

お互い、足元を見つめたまま顔を赤くして黙り込んだ。恥ずかしくていっそのことプールに飛び込んでしまいたい。腰元についた手に鳴子の手が重なってぎこちなく目をそちらに向ける。

「…っす」
「好きや」
「…ずるい」
「男から言うもんやろ」
「私も、好き。ずっとずっと好きだった!」

後半やけになって声を張り上げてしまった。顔を真っ赤にした鳴子と、多分同じような顔色をしている私。目が合って微笑み合うと胸が締め付けられるような衝動に駆られた。なんて幸せなんだろう。二年と少し、諦めずにずっと好きでいてよかった。笑顔だった鳴子の顔が段々と真剣になると、私は自分の唇を少し噛んできゅっと目を瞑った。それから唇に柔らかい感触が残って、ゆっくりと目を開けるとさらに赤くした鳴子の顔があった。

「あはは!鳴子カオ真っ赤!」
「う、うっさいわボケ!…名前も人んこと言えんぞ」

今、名前で呼ばれた。惚けていると今度は頬にちゅっと可愛らしいキスをされて、鳴子は「もう遠慮せんでもええもんな」と、真上に昇っている太陽に負けないくらい眩しい笑顔を私に向けた。

141003
sayaさんへ



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