「すまん苗字、そこのノート取ってくれへんか?…そう!それや」
「はいどうぞ!石垣さん」
「おお。おおきに」


たったそれだけの事。石垣くんはボクのアシストやし苗字さんもまたボクのアシストやった。ただ、苗字さんは道の上を走ったりはようせん。マネージャーとしてボクの周りをちょこまかと走り回るだけで、ボクはたまにその様子を見てはキモイと言うだけ。苗字さんはその度に泣きそうな顔をしてごめんなさいと謝った。ほんま気に食わんわ、キモイと言われて謝る阿呆が一体どこにおるんや。ああ、ここにおったわ。


「ノブくん、ほら。タオル落としたよ」
「あ、スマン!おおきに苗字さん」
「どういたしまして!」

そうやって苗字さんは、彼女と同い年の水田くんに愛想を振りまく。彼女はボク以外の他のザクには愛想がいい。ボクにはそんな顔、向けたりせえへんのに。そんな彼女の目の前に突っ立って上から見下ろすと、肩をびくつかせて途端におどおどし始める。邪魔やなんて一言も言ってへんのに「ごめんね」と勝手に謝ってボクから逃げようとする。逃がすまいと行く手を阻むと、今度は目に涙を浮かべて見上げられるのがオチや。まるで勘弁してください、と言わんばかりに。ボクのことを拒むように。

たったそれだけの事やのに。なんでやろうか、最近はやけに胸の奥あたりがチクリチクリと突き刺すように痛む。まだボクの視界の下のほうで怯えていた苗字さんに苛立って、いつものようにキモイと言うと、ほろほろと泣きだしてしまった。いや、なん…別に、泣くことちゃうやろ。溢れ出す涙を自分の手で拭い、ごめんねとまた謝った。そんな、そんな泣かんでも、ええやろ。泣くなや、泣かんとっ…


「御堂筋!おまえいい加減にせえ!」

ボクと苗字さんの間に石垣くんが割り込んで、すごい形相でボクを睨みつけた。石垣くんの後ろで苗字さんも驚いた表情をしている。

「ファ?なんでボクが怒られな…」
「オレらにはええけどな、苗字さんは女子やねんからもう少し優しくせなアカンやろ」
「すいません石垣さん!私、大丈夫ですから。鈍臭い私が悪いんです!」

なぜかボクに怒鳴りだす石垣くんの後ろから、苗字さんが慌てふためいて止めに入る。その手は石垣くんの腕にぴっとりと触れていて、ボクはそれを見てまた一段と苛々を募らせた。キモ。触りすぎや離れろ。言葉に出してそう言いたかったけれど何故か口にはできなかった。
苗字さんはボクにごめんなさい、と深々と頭を下げるとさっさとマネージャーの仕事に戻った。石垣くんも腑に落ちない表情のまま部室に入っていく。ほんまにワケがわからんわ。心臓あたりがぞわぞわして気分が悪い。どうやったら気分が晴れるんやろうか。どういうわけか、苗字さんが石垣くんの腕に触れるその映像が脳裏から離れない。


もう部活動の終了時刻になったというのにまだ空は赤いままだった。ボクの合図とともに各々解散する頃。ボクは練習の最中に落としたボトルを探しに辺りを徘徊していると、まだ片付けに手こずっている苗字さんと出くわした。目が合うと顔を強ばらせて逃げられる。

「待、ちや」

そう言う前にボクはその手を掴んでいた。初めて苗字さんに触れる。驚きと恐怖で固まる苗字さんは俯いたままで、また泣くんやないやろかと恐れてすぐにその手を離してやった。少しの沈黙。苗字さんがどこかへ行ってしまわぬうちに、このモヤモヤを吐き出してしまいたいと思った。彼女の目を見ても視線は合わない。

「最近な、心臓のあたりがぞわぞわするんや」
「え…そ、そうなん、だね」
「キミィのせいやで苗字さん。キミが他のザクに愛想振りまいてるとイライラするんよ」

ボクが珍しく世間話でも振っているのだろうと苗字さんは驚いて相槌をうつだけ。ボクの言っている意味は理解していないようで終始頭の上にはハテナが浮かんでいるようやった。ボクかて自分が何を言っているのかわからんわ。ただ、本当のことを正直に話しているだけ。このまま全てを吐き出してしまいたい。

「なんでボクには笑わんの。別にキミの泣き顔なんか見たないんやけど。しかも何なん、石垣くんにべたべたしすぎやねんキモいわ、ほんま」
「…え、え?」
「ボクだけ見とけばええやん」

舌がよう回る。一通り言い終わると苗字さんが顔を真っ赤にしてボクを見ていた。ちゃんと目が合う。ちゃんとボクを見てくれている。ただその顔は夕日のせいにしては少し赤すぎた。

「…えっと、御堂筋くん」
「なんや」
「これは、つまり…どう受け取ったらいいのかな」
「好きに受け取ればええやん」
「じゃあ…これってさ、その…あれだったりするのかな。こ、告白だったり…って」
「ハ、ハア?何言うてるんキモ!アホちゃう、そんなわけないやろ」

顔が熱い。苗字さんはそうだよね、ごめんねと顔を手で覆い隠しては頭を下げる。そんな彼女を見て何だか腹が立ったので「まぁ好きに受け取ればええよ」と再び言うとまた顔を赤くして混乱していた。…キモ。


140921
きいろさんへ



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