高校生活で初めての夏休み。校庭では野球部やサッカー部など様々な部員が大きな声を出しながら部活動に励んでいる中、この総北の自転車部も朝からみっちり練習をしていた。お昼の休憩に入ると、練習を見に来てくれていた寒咲先輩から「これでアイスでも買ってこいよ」とお小遣いをもらったので、学校には幹ちゃんに残ってもらって私一人で買い出しに行こうとすると、後ろから鳴子が「ワイも行く!」と騒いで二人でアイスを買いに行くことになった。
「寒咲センパイ太っ腹やなぁー!誰かさんの腹みたいや」 「み、見たことないくせに!」 「カッカッカ!そんな慌てるなや」
恥ずかしくてとっさにポロシャツの上から腹部を抑えるとそれを見て盛大に笑う。本当にデリカシーのない男だ。そもそもなんでついてきたのよと聞くと、苗字の足が遅くてアイスが溶けたら大変やからなと意地の悪い笑みを浮かべた。…確かに私に運動神経がないことは認めるけれども。
学校の売店に着くと、アイスくださいと声を揃えて言えばおばちゃんが申し訳なさそうに謝ってきた。どうやらつい先ほど野球部の保護者が差し入れにとアイスを買い占めたらしい。奇声をあげて悲しむ鳴子におばちゃんが再び謝った。仕方がないので校外にある近くのコンビニまで足を運ぶかと提案すると渋る鳴子を引っ張って売店を後にする。ロードレーサーで激走する体力はあるのに何故すぐ近くにあるコンビニまで歩くのを嫌がるのか。コンビニのほうがアイスの種類がたくさんあるよと言うと、それもそうやなと簡単に笑顔を取り戻してくれた。その切り替えの速さと言ったらもう、おかしくてつい笑ってしまう。
「あーメッチャ涼しい!」 「ほら見て鳴子!アイスいっぱいあるよ」 「ホンマや!何にするか迷うなー…。あ、スカシはこれでエエわ、一番安いやつ」 「じゃあ私これ」 「ハ?バーゲンダッツ?お前なーもうちょいサッパリしたやつにせぇや、のど乾くで」 「えーそうかな。じゃあこれ」 「っな!真似すんなや!」 「もう鳴子うるさい!」
それからしばらく誰にどのアイスを買っていくかと言い争っていると、ふと冷静になり「あまり待たせるのも悪いな」と結局は適当に選んでレジに並ぶことにした。店員さんに手渡されたお釣りを大事に握り締めて袋いっぱいに詰め込まれたアイスを持つと鳴子に黙って奪われる。あ、と思わず声を出すと鳴子は「さすがに持たせへんわ」と少し照れながら白い歯をのぞかせた。きゅうっと胸の奥が締め付けられる。…今のはちょっと、かっこいいのでは。何事もなかったかのように平然と話しかけてくる鳴子に私はまだ少しドキドキしながらも相槌をうった。
「―なぁ、聞いてんのか苗字」 「聞いてるよ!」 「…ホンマに?」
私の前を大股で歩いていた鳴子が急に振り向いて私の顔を覗いた。顔が近い。その至近距離に驚いて思わず身を引き、本人もこんなに近づくつもりはなかったらしく少しだけ私から距離を置いた。互いに黙り込んでしまって何だか気まずい。この沈黙を先に破ったのは鳴子のほうだった。
「スマン」 「わ、私こそごめん」
この甘くて緊張感の漂う雰囲気はなんだろう。ただ気まずいだけじゃないのは気のせいだろうか。先ほどと比べると鳴子がまだ私を意識しているような気がするのは、自意識が過ぎるのだろうか。あれやこれやと考え込んでいるうちに再び沈黙が続いた。もう校舎に足を踏み入れたというのに、皆がいる部室の前までの距離が長い。
「ねぇ鳴子」 「な、なんや?」 「……やっぱりなんでもない」 「は?気になるやんけ!言えや!」 「なんでもないの!」
そう言うと鳴子はいつもの高笑いじゃなくてフッと少し大人びた笑顔で私を見た。私が言おうとした事を知ってか知らずか、どことなく機嫌がいい。
「おせーぞ!待ちくたびれたじゃねぇか」 「カッカッカ!オッサンすんません!」 「やけに遅かったッショ」 「俺はこれがいい」 「な!それはワイのやボケスカシ!お前のはこれや」
今はまだこの気持ちは胸の中にしまっておこう。
140919 安井さんへ
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