「風邪を引いた」 「もうだめだ」 「熱が下がらない」 「オレは死ぬのだろうか」
尽八が珍しく学校を休んでいると気付いてからスマートフォンをチェックすると、ちょっと目を離していた間に尽八から何件ものメッセージが届いていた。泣き顔や白目を向いているスタンプをたくさん送ってくるあたり、どうやら余力はあるようだ。まったく、普段ピンピンしているやつが体調を崩すとこれだから困る。隣のクラスの荒北から呼び出されると、荒北にも似たようなメッセージを送られていたらしく、しつこいから見舞いに行ってやれと頼まれた。もとよりそうするつもりだったので承諾すると「風邪、移るようなことするなヨ」とスケベな笑顔を浮かべたのでとりあえず飛び蹴りを食らわせてやった。
学校が終わると売店でゼリーと栄養ドリンクを買って尽八のいる寮へと向かった。寮母さんに見舞いに来たことを伝えると、顔見知りということもあってか良心的にも笑顔で迎えてくれた。尽八の部屋のインターホンを鳴らしてしばらくすると、おでこに冷えピタを貼って死にそうな表情の尽八がドアから顔を出した。
「来てくれたのか…ゴホッ」 「あんだけ送られてきたらさすがに来ますよ。あ、これ差し入れね」 「すまない」 「お邪魔しまーす」 「な、ならんよ名前!風邪が移ってしまうではないか」 「尽八みたいにヤワじゃないから大丈夫」
そう言うとムッと口を尖らせて不機嫌になった。いつものように言い返す元気まではないらしい。半ば強引に部屋に入れてもらうと、なんとなく散らかった部屋に少し驚いた。普段は小綺麗にしているのに。
「熱何度あるの?」 「37.5度だ。夏風邪がこんなにきついとは」 「…知ってる?尽八。バカは風邪、引かないんだよ」 「ならオレはバカではないな!」 「でも夏風邪ってバカしか引かないんだって」 「…名前はオレを看病しに来たのではないのか?」
いつも通り当たりが強い、とうな垂れる尽八を見て「ごめんごめん」と謝った。咳をしながらベッドに潜り込む尽八におかゆでも作ろうかと提案すると、それまで死んでいた目が輝きだす。
「ぜひ!たまご粥がいい」 「…ついでにワガママも言うのね」
タオルケットの中から満面の笑顔を覗かせる尽八。…かわいいなぁ。食欲はあるようでよかった。鍋を取り出そうとシンク下を開けると、流石にきれいに整頓されていた。借りるよ、と声かけるとベッドの上からこちらを見ていた尽八とばっちり目が合った。…寝とけよ。
「はい、できたよ」 「ありがとう!いただきます」
そんなに急いで食べるとやけどするよ、そう注意したときにはもう遅かった。「あっつ!」と目を瞑る尽八の口元についたお粥を指ですくってあげると、ほんのりと頬を染める。それから念入りにふぅふぅと粥を冷まして口に運ぶと、美味しいと顔を綻ばせた。
「それは良かった」
微笑み返すと残りのお粥をぺろりとたいらげてしまった。ご馳走様、とご丁寧に両手を合わせると食器を持って立ち上がるので、それを奪って代わりに台所まで持って行ってあげた。眉を垂らして申し訳なさそうに私を見てくる。
「す、すまない」 「いいよーこのくらい。薬飲んで寝ておきなよ」 「うむ」
コップに注いだ水を渡すと、私に言われた通りに手早く薬を飲んでいた。すぐにベッドに潜るのだろうと思っていると、どこか落ち着かない様子でちらちらと私の方に目配せをしてきた。
「?どうしたの」 「い、いや、移ってしまったら大変だからな。我慢するよ」 「何を」 「…キ、スしたい」
でも移るから我慢する!と言い残してベッドに戻って頭からタオルケットを被ってしまった。そのタオルケットを捲ってみると顔を赤くして悶々としている尽八の姿。な、なんという乙女だろうか…。オレに構わないでくれ、とそっぽを向くその耳は赤い。何だ、すごく可愛いじゃないか。尽八尽八と呼んでみると簡単にも私のほうを向いてくれた。
「……!!」 「知ってる?風邪って人に移したほうが治るんだって」
そのままベッドの中から手を引かれて尽八の腕の中に収められてしまった。「今のは狡い」と私の鎖骨あたりに顔を埋めたままそう呟いて。
「おはよう名前!荒北!」 「…くしゅんっ」 「風邪かァ?苗字」 「あー誰かさんのが移ったかも」 「何!名前、オレに移せ!さあほら早く」 「っな、ちょっと何する…?!」
「…人前でイチャつかないでくれナァイ」
140912 キェルツェの螺旋さんへ
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