翔の機嫌があまりよろしくない。長いこと人混みの中を連れ回したのでずいぶんとストレスが溜まっているのだろう。大好きなりんご飴も買えたし、割と近場で花火も見れたので私は満足だったけれど隣の翔の顔が死んでいる。それに気付いたのも花火大会が終わった21時を過ぎた頃で、少し悪いことをしたなと徐々に罪悪感が押し寄せてきた。ただでさえ歩幅に差があるというのに翔は私の一歩二歩先を大股で歩いていく。
「翔…人多い所苦手やのにごめんなぁ」 「ほんま疲れたわ」 「ご、ごめん。まだ9時やけど私の家に来る?近いし。せっかくやしゆっくりしてき」 「…別にええけど」
時間を気にしなくていいというのは一人暮らしの特権だ。翔はどこかへ出掛けるよりも家の中でまったりと過ごすほうが好きらしく、花火大会に付き合ってもらった代わりにあったかいお茶でも出そうかと企んだ。夜でも、まだ生ぬるい風が吹くこの季節では彼は冷たい飲み物のほうが好みそうだけれど。 自分で頑張って着付けた浴衣ももうだいぶ着崩れてきて歩きやすくはなっているが、翔の大股を追い越すのは厳しかった。カタカタと忙しく下駄を鳴らす私のほうを一度見ると、なんとなく歩くスピードを落としてくれた気がする。
「ここで待っといてや。すぐ片付けるから」
ようやく私の家に着くと翔を玄関先で待たせたまま、私だけ家に上がりドアの向こうにある部屋を片付けた。ソファの上に散らかっていた洗濯物を手早くクローゼットに押し込んでいると、私の言うことを無視して部屋に入ってきた翔が勝手に扇風機を付けて「アアー」と声を出しながら風を浴びていた。その声に驚いて手を滑らせたせいで、手に持っていた洗濯物が床へと散らばる。
「もう、待っててって言ったやろ」 「部屋を片付けてへんほうが悪い」 「…それは、そうだけど」 「名前」
会話の途中で名前を呼ばれ手招きをされたので、返事をしながら素直に翔に歩み寄った。くいっと浴衣の帯を引っ張られると「脱ぎや」と催促してきたので不意をつかれて少しだけどきりとした。翔からやけに見つめられる。
「脱衣所で脱いでくるね」 「ここでええよ」 「…イヤやよ、恥ずかしい」 「何を今更恥ずかしがってるぅん?」
襟元をめくって鎖骨を舐めると、しょっぱいと文句を垂れて舌を出した。汗、かいてるからね。さっさと浴衣を脱いでとりあえずは部屋着に着替えようかと立ち上がると、手を引かれてそれから後頭部にもう片方の手をやられた。いきなりのディープキス。普段なら軽いキスから段階を経て深いものへと移っていくのに、突然のことに驚いて急いで唇を閉じようとしても、ねじ込まれている舌の力は予想以上に強かった。
私の鼻も翔の顔に押し付けられていて息をするのも苦しい。口内を犯してくるその長い舌を甘噛みするとようやく解放された。はぁはぁと荒く呼吸をしながら口元に垂れた唾液を手で拭う。それを見て目の前の翔はカチンときれいに並んだ歯をかみ合わせて口角を上げた。
「…翔、シャワー浴びてからにしよう?」 「どうせ汗かくやろ、早ようそれ脱いで」 「あ、きらが脱がせて、よ」
翔がすっかりその気になっているのが嬉しくて、つい自分の欲望がぽろりと口に出てしまった。浴衣を脱がされるなんてちょっといやらしい夢も実はあったのだ。翔の顔を見るとその大きな瞳が爛々と輝いているようにも見える。すでに入ったスイッチを壊してしまったようで、また再び深いキスが降ってきた。されるがままにソファの上に押し倒されると、緩んだ帯を自分ではずして床に放り投げる。翔の長い指が太ももの内側を這ってびくりと腰が跳ねた。
「…ボク、浴衣嫌いやないわ」 「こんな状況で言われても」 「当たり前や、脱がさんと意味ないやろ」
するするとブラジャーの肩紐を下げられて、唇に軽くキスをされた。にんまりと私を見下ろして笑う翔のこの顔が大好きだ。ドMだなんて言われ慣れたけれどそれは翔のSっ気のせいだから仕方がない。それでも甘いキスとか情事も優しい言葉をかけてくれる翔が大好きなのだから、やっぱり私はただの恋する乙女にすぎないと思う。
140911 あおさんへ
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