自転車競技部の選手権大会で、各都道府県から選手達が集う大会に来ていた。水田くんのこぼしたジュースが腕にかかって、仕方なしに手洗い場まで足を運んでいる時。足にぺち、と小さい何かに足を叩かれた感覚がして、下を向くと随分と小柄な女の子がボクを大きく見上げていた。しゃがんで迷子か、と聞いたら「ううん」と首を横に振った。

「おにいちゃんがきえた」
「それ、迷子言うんやよ」

そうなの?と小首を傾げて細い髪の毛を揺らす。「そうや」思わずそのぷっくりとした頬っぺたを人差し指でさすると嬉しそうに笑った。

「おにいちゃん、なんていうの?名前」
「翔や」
「あきらや?」
「ちゃう。あきら」

あきら!にこっと笑ってそう呼ぶものだから、たまらず抱きかかえて「連れていったる」と説得してはとりあえず部員の元へ戻ることにした。


「な…誰やその子は!御堂筋!」
「君、つけろ言うとるやろォ…石垣くぅん」

ああ、すまんかったな。て、そんな事はどうでもええねん。その女の子はどうしたんや。問い詰めると「さっき拾った」とサラリと言いよった。…拾った?お前な、子猫と違うんやぞ。他人の子やぞ。

「今すぐ返してこい」
「イヤや」

がばっとその子を抱きすくめると図体のでかい御堂筋のほうが首を横に振った。

「あのな、その子を探してる親御さんがいてるんやで」
「イヤや」
「早う連れてってあげんと心配するやろ」
「イーヤーやー」
「御堂筋!」
「せやから御堂筋君、や言うてるやろ阿呆」

珍しく石垣が御堂筋に反抗しているのを慌ててとめに入る井原と辻。御堂筋はいっこうに女の子を抱く力は緩めなかった。「お嬢ちゃんも離れ」と引き離しにかかるも意外にもそれは断られた。

「いーやー!あきらがいい」

ぎゅう、とボクに抱きついてくるのが愛らしくてそのさらさらの髪を撫でた。水田くんが「かわええっすね!この子!」と後ろで目を輝かせていたのは無視や無視。

「…はぁ、はぁ…名前!」
「あっ!おにいちゃん」

肩で息をしながら現れたのは総北の小野田坂道だった。この子、名前ちゃん言うんや。名前ちゃんを膝の上に抱えているボクの顔を見るとみるみるうちに真っ青になっていった。

「あああの、御堂筋君ごめんなさい!僕の妹が迷惑をかけてしまって…」
「別ぅに。この子小野田の妹やったん?」
「はい!そうです!」

じぃっと小野田のほう見てそれから膝の上の名前ちゃんを見る。かあいらしくボクを見上げてくる。

「あんな、この子をボクに…」
「御堂筋ィィィ!いいかげんにしろ!」



「あー御堂筋…君。もうレース始まるで」
「ええ。もう出らへん」

結局、名前ちゃんを小野田の元へ返して御堂筋とも別れを告げた。それが相当ショックだったのか、簡易テントの隅で腰を丸くしてしゃがんでいた。この男、やはりどこまでも純粋である。

「あきら」

バッと顔を上げると同じ目線に名前ちゃんがおった。「がんばってね」と御堂筋の額にキスをするとにこっと笑った。

「当たり前や。優勝以外あり得へんわ」

そう言ってすぐ立ち上がった御堂筋に胸をなで下ろす京都伏見の部員達であった。

ちいさな恋人

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