「サンキューマイヒーロー」

「ぜってェ見にくんじゃねーヨ!」
「うん!わかった!絶対見に行かない!」

やけに物分かりの良いあたしをさすがに怪しんだのか、その長い下まつげがしばらくこちらを向いていた。行かないわけないっつーの。あたしも荒北も最初で最後のインターハイ。レースを見に行かずに何が応援だというんだ。インターハイは三日間あるらしく、最初の二日間は大人しく見守るだけにとどめた。ロードレーサーに乗っている荒北を見るのは初めて。今まで邪魔にならないように我慢していたものだから、あたしの目の前をもの凄いスピードで過ぎていくその姿がスローモーションのように脳裏に焼け付いた。

「荒北ァァ!」

荒北の姿に気付いてすぐ叫んだつもりが、声に出した時はすでに20メールほど先を走っていた。見たことのない真剣な表情に動悸がした。感動と興奮で胸がいっぱいになってしばらくは立ち尽くすしかなかった。
これだけの大人数の中からたった一人を見付けるのは至難の技だと思ったが、野生の勘とやらが働いてすぐに獲物をとらえることができた。それはきっとその獲物にどうしようもなく惹かれているから。頑張れ。そう言うときっと荒北は怒鳴るんだろうけど、心の底から荒北の勝利を、箱根学園の勝利を願った。

三日目はゴール付近で奴を待ち伏せることにした。実況のアナウンスが緊張の音でよく聞こえない。灼熱地獄の中で、こめかみに流れる汗を何度も拭った。

「…北選手、脱落!箱根学園2番、荒北靖友選手、脱落です!」

汗が冷や汗に変わった。心臓の音がうるさい。ゴール付近に近づいてきた先頭の二名の選手に目もくれないで、観戦側の道を無我夢中に逆走した。

「っ荒北ァァ!」

担架で運ばれるその弱々しい身体に抱きついた。来んな、つったろ。そんな言葉も今は怒りさえ覚えない。

「最高にがっご良がっだ…!靖友!」

ぼろぼろと流れる涙を、痙攣する手で拭ってくれた。当たり前じゃナァイ。苦しい表情をわざと歪ませるこいつが、やけにかっこ良く見えた。プルプルと震える手を両手で包み込んだところで、救急隊の人達に引き剥がされた。インターハイを制したのは箱根学園ではなかったが、荒北は満足そうな表情をしていた。こうして、あたし達の初めてのインターハイは幕を閉じた。


「ったく、恥ずかしいんだヨ、テメーは!人前で病人に抱き着くなっつの!」
「ハァ?別に病人じゃねーだろ!ていうかわざわざ応援来たのに感謝の一言も言えないわけ?」
「それはお前が勝手に来たんだろ!どーもありがとうございましたァ」
「…テメェ、その下まつげ全部引っこ抜いてやろうか」

「お前ら救護テントの中ぐらい静かにしろ」



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