「人生で一番素直な日」
「…おはようございます」
「おう」
昨日の出来事はあたしの黒歴史に刻まれるレベルだったが、いつも通り学校というものはあるもので。ずる休みしたい気は大いにあったけど、さすがにそれは許せずここは逃げずに登校した。席も荒北と隣なので気まずさを少しでもなくそうと、頑張って話しかけてみた結果がこれだ。まぁ、一日の始まりはよしとしよう。ちらりと荒北のほうを見てみるといつもと変わらずかったるそうな表情でだらしなく椅子に腰掛けていた。…いや待てよ、これはひょっとして昨日のアレは聞かれてないかもしれない。ある。まだ望みはある。
「あ、荒北。次の授業なんだっけ?」
「…数U」
チラッとこっちに目を向けてはすぐ逸らされた。心なしかその耳が赤い気がする。…黒じゃん。完全にこれバレてるわ。あたしの恋はちゃんと告白もせずに終わったんだ。それってなんかすごく辛い。
「苗字」
学校が終わると荒北から話しかけられた。あれ、部活行かないの?と聞くと今から行くんだヨ!バァカ!と口の悪さは健在で少し安心した。ポリポリと頬をかきながら「アー部活終わるまで待っとけヨ」と言われた。え、何それあたし直接フられなきゃいけないの?そのために待ってなきゃいけないの?この上なく辛いんですけど。そう思っているはずなのにあたしの口から出たのは「分かった」の一言だった。
学校が終わったのが16時頃だから、部活が終わるまでせいぜい3時間か。そういえば近くに漫画喫茶あったっけ。そこでなんとか時間を潰すことにしよう。
マンガってのは普段あまり読まないもので、これといって気になるものはなかった。雑誌に目をやると飛び込んできたのはスポーツ雑誌。表紙が自転車だったのでなんとなくそれを手にとった。パラパラとめくっていくと箱根学園の文字を見つけてピタリと手が止まる。
「はぁーすげぇ…」
確かにウチのチャリ部は強いって聞いてたけど、雑誌に取り上げられるほどだったんだ。なんだか取り柄のないあたしに比べると荒北がすごく遠い存在に思えてくる。そうだ、アイツはきっと人一倍練習しているはずだから、恋愛してる場合じゃないはず。あたしもフられたからって凹まずに、荒北の事を応援しよう。そう決心した。
「よォ。待たせたな。」
「本当よ。何時間待ったと思ってんの?」
「ハッ、だよな。悪かったヨ」
…荒北が謝った。何?明日は雨でも降るんじゃない。ちょっと来い、と言うからついていくと自販機でベプシを2本買ってた。糖尿病なるぞ、なんて思ってると1本差し出された。「やるヨ」とかいよいよ雪降るんじゃない。夏だけど。ありがとうと言って受け取るとしばらく無言が続いた。
「さっきさ、スポーツ雑誌見たんだけど」
「おー。乗ってたろ、チャリ部」
「うん。…あれだね、結構やるじゃん荒北。思ったより凄くてびっくりした」
褒めるのは苦手だ。ぶっきらぼうにそう言うと、荒北が妙に真剣な顔になった。
「…3倍だ」
「ん?」
「人の3倍練習してる。…そうじゃなきゃ出れねーみてェだからな、インターハイ」
「え、今年の?」
「いやァ、来年の」
だから、今から練習してんの。そう言ってのける荒北に言葉を一瞬失った。インターハイって、来年の?来年に向けて練習してるわけ?あり得ない。そんなに過酷なの。そんな奴に好きです付き合ってくださいなんて、初めから言えるわけかったんだ。
「荒北、昨日の事なんだけど」
「アー…アレね」
「忘れてほしい」
「…どうしてェ?」
「別にアンタの邪魔したいわけじゃないから」
ポリポリ。また頬をかいてる。困ってるんだろうな。
「それは無理だ」
「…なんで」
「俺もお前の事好きだから」
「え」
「昨日のアレ忘れるのは無理だ。悪りィけど」
え、うそマジで言ってんの?荒北の顔を見ると耳まで真っ赤になってるのはそういう事?
「あんまジロジロ見んなヨ!バァァカ」
「好き…」
「?!…あァ?」
「好きなの荒北!好き!口悪いとこも自転車好きなとこも全部」
「だァァるっせ!分かったからァ!それ以上喋んな!」
お互い顔を真っ赤にして怒鳴り蹴散らす。何なのこれ、両想いだったの?信じられない。思わず歓喜の涙が溢れそうになる。
「泣くなヨ、面倒だから」
「っ分かってるよ!」
ごしごしと乱暴に目をこすると、帰るぞ、と言って足早に校門のほうへ向かった。その日はお互い微妙な距離をとりながら、初めて一緒に帰った。
'140303 pike
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