扉が閉まる音が、虚しく響いていた。熱い何かがじわじわと込み上げ、握り過ぎた手に汗が滲んでいく。止めたい。出来れば腕を掴んで、諦めるなと、言いたかった。なのに自分はただ立ちすくんでいるだけで、それが一番悔しかった。負けたことに勝くらい、今の“キャプテン”である自分にどうしようもなく腹が立っていた。

「なんでなんだろうな、どうして、」

 情けないくらい小さく、震えた声。誰に問うわけでもなかったが、聞いている奴はただ一人。視線が俺の背中に注がれる。なんでなんだろうな。なんで、どうして。どうして俺はこんなにも無力なんだ。キャプテンなんだろ。俺は、あいつらを止めなければいけなかった。それより、あいつらを守らなければならなかったのに。俺は何も出来ずに頬を濡らす、ただそれだけで。

「もう、…やめて、拓人。」

 こんな時、拓人と呼ぶのはただ一人。背中から温もりが伝わった。振り返らなかった。霧野は、俺の背中に縋り付いていた。ごめん、ごめんな、霧野。俺はこんなに情けなくて、立ち尽くすばかり。泣きそうな声がぽつぽつと聞こえる。ごめんな、霧野。泣きたいんだろ。我慢しているのは、俺の為なんだって思って良いよな。でも止めてくれ。俺は、お前には泣いてほしくない。

「頑張ろう。頑張って、頑張って。また部員増やそう。そした、ら、さ。また…、」

 段々と嗚咽混じりになる。けど、鼻を啜る音と布と肌が擦れる音がした。俺は本当に何をしているんだろうか。ただ、今だ自分がキャプテンだってことは分かっていて、でもキャプテンなのに、何もできなくて。結局皆を悲しませることになって。辞めていく仲間達の手を掴むことも。そして、俺を必死に励まそうと言葉を探す大切なコイツを、泣かせてしまう。笑ってとも言えない。泣くなとも言えない。泣かせているのは自分だから。

「なんか、言えよ…言って、」

「っ」

「たく、と。おれ、だって、いやなんだよ。でも、だけどっ、おねが、い、だから。いっしょに、…がんばろう…?」

 ずる、ずるり。背中からずり落ちていく霧野は、次第に泣き声しか漏らさなくなった。それでも声色はまだ優しく、強くて。泣きながら笑ってるんだろう。俺は堪らず膝をついて、霧野の華奢な身体に触れて、抱きしめた。桃色の髪の毛は、俺の気持ちを落ち着かせるくらいに綺麗だ。霧野の身体は、俺が傍に居ないと、そう思うくらいに震えていた。霧野も悲しかった。そして部員達も悲しかった。離れていく仲間の背中を見ていくのはどれだけ辛かっただろう。呆気なく負けた事もどれだけ辛かったのだろう。だから、俺が。

「悪い、悪かった、霧野。」

「神童は、なにも悪く、ない。」

「…ありがとう。」

 泣き顔は見たくなかったから、胸に押し付けるように抱き寄せていた。霧野の、蘭丸の泣き顔を見てしまったら、何だかまた、自分に怒りが向いてしまいそうな気がしたんだ。そう俺は俺を責めれば、また霧野が絶え間無く涙を零すだけ。何故かそう感じてしまう。そしてこんな時、どうしようもなく霧野の微笑みが恋しくなる。神童も笑いなよ。そう笑顔で言う霧野を見ていたら俺も悲しいことが吹き飛んで、笑顔になれたんだ。そう、こいつの前だけ。きっと蘭丸の笑顔には特別な力があるんだな、なんて幼い自分は考えていた。

「…蘭丸。」

 愛しい名前を小さく呼んでみると、狭い肩が微かに揺れる。離れた霧野は俯いた後俺を見上げた。双眸から零れる冷たい雫を指先で拭うと霧野は恥ずかしそうに目線を逸らした。瞳が赤くなるくらい擦って、俺を見つめる。それが可愛らしい、なんて思う筈もなかった。俺は霧野の手を握りながら、自分でも驚いてしまうくらい優しい声で、霧野に問い掛けた。きっと俺は自惚れているのだろう。答えは、分かっている。

「お前は、俺の所に、居てくれるか?」

「…当たり前だろ。俺、神童の、隣に居る。居させてよ、ずっと。」

 ほら、当たった。優しいお前のことだから、俺が悲しむことを分かって、隣に居ると言ってくれているんだろう。でもそう聞けば霧野は首を横に振って、俺がお前の隣に居たいんだ、そう言う。それはこの上ないくらい嬉しかった。でもまだなんだ。まだ俺は笑えない。だって俺は不器用だから、お前が、笑ってくれないと上手く笑えないんだ。

「、神童…。」

 目を伏せると睫毛が広がる。その目尻にそっと柔らかな口付けを落とした。霧野は頬を苺のように染めるから、思わず抱きしめそうになった。けれどその口が、何か言いたげに開閉する。白雪姫のように白く長い指が俺の手を握り返す。

「俺は、蘭丸が好きだ。だから、…俺と一緒に頑張ってくれないか。」

 だから、傍に居て欲しい。ずっと、隣で笑っていて、キャプテンとしてまだまだ駄目な俺を見守って欲しい。霧野は、悲しいそれとは違う潤んだ瞳をゆっくり細めて、口元を緩ませて花のように微笑んだ。そして俺は霧野を再び抱擁する。やっと、見れた。きっと俺が挫けそうな時、お前がまたその笑顔を見せてくれたなら。ぽっかりと空いてしまった俺の心は溢れんばかりの優しさで満たされるだろう。お前が笑ってくれたなら。きっと俺は何度でも立ち上がれる。お前が隣で笑ってくれたなら。





(綺麗に笑う君は、凄くいとおしかった)





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