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新宿駅を出た臨也は、一人新宿の街を歩いていた。人々の駅へ向かう流れを逆に辿るようにして、人間観察も兼ねて、なるべく人がいる大通りを歩くようにした。

ーーーさすがに四木さんとの約束に遅れるわけにはいかないしな。一日フリーにしておく必要がある

今日の予定、といっても先日粟楠会から直々に依頼を受け調査した結果を報告をするだけだが、臨也には他にも考えなければならないことが山積みだ。
赤林からの依頼のファイルまとめや、浪江の行方が分からない件も調べなくてはならない。

ーーー香織の事は不本意だが静雄や新羅に任せておく他ないだろう。香織が帰国した事は奴等もきっと知っている筈だ。

「……本当は池袋に帰したくなかったよ」

線路沿いを歩く臨也はすれ違う電車に目を向け、独り呟いた。仕事先に顔を出した後、香織は先程渡した鍵を使うために池袋に行くだろう。そうすれば、静雄と鉢合わせしてしまう可能性だってある。
クク、と肩を震わせてポケットの中の硬い柄に触れる。

「シズちゃん……もしものことがあったらその時は……俺は本当に君のことを殺そうとするかもしれないよ」

すべての人間を平等に愛していると豪語しているが、臨也の人生において唯一の汚点≠ナある平和島静雄の存在。香織が帰ってきたことで、その欠点に対する嫌悪感はさらに増していた。
臨也は立ち止まって、内心舌打ちをする。一瞬でもあの化け物を思い出してしまったことに苛立ち、ひとり苦虫を噛み潰したような顔をした。

静雄のことを無かったかのように思考から追い出した臨也は香織の事を考えた。
まさかこのタイミングで帰国してくるとは臨也にも予想外の事だったのだ。
最後に会ったのも香織が日本を経った五年ほど前で、その間に臨也は何度か連絡先を変えている。
こうして再び繋がったのも、奇跡に近い。

ーーーそういえば俺のメールアドレスは誰が教えたんだろうな

共通の旧友といえば闇医者に限定されるが、そうなるとその二人が連絡を取り合っていた事には驚かされる。
最も、闇医者にはセルティという異形の同居人がいるが。
再会した夜、香織は臨也の顔を見て言った。

『変わらないね』

ーーー変わらないね、ねえ……

香織は昔から人間の本質を感じ取る能力に長けていた。ある意味勘が良いが、それ故に気疲れしていることも多かった。
海外出張を経てまるで見違えて帰ってくるかと思っていたが……。

ーーーそれは君もだろう、香織


はっきりしていて口先は達者なくせにすぐに自信をなくす。目を伏せたがるところ、ころころと変わる見飽きない表情、わりと図太いところ

だが……昔はもっと繊細な面もあった。


案外変わっているのかもしれないな。
ふと、臨也は思う。
五年という歳月は決して短いものではない。

出会った当初は疎ましく思っていた香織という人間の存在が、今ではすっかり弱点になっている事に臨也自身、まだ気が付いていなかった。

ジャケットの右ポケットが震えた。四木が到着したのだろうか。
折原臨也は携帯を取りだし、耳へ当てた。

先程までの穏やか表情から一転して、余裕に満ちたそれは情報屋の顔付きだ。

「はい。折原です……」



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